台北紀行

ここでは、「台北紀行」 に関する記事を紹介しています。
ただのタイが好き、そして旅が好きなTripuncle代表の旅行ブログです。

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2015年12月にネットショップ「Tripuncleアジアの暮らし雑貨」をオープン。関連記事も書いていきます。 Tripuncle アジアの暮らし雑貨にて、少しでも旅に行った気分になっていただけたら、という想いを込めて。。

トリップアンクル縮小版


2005年5月

初めて台湾に行くことになった時の話です。
台湾といえば、台北の空港には何回もトランジットで行っていましたが、
入国することはなかったので、いつかは台北の町もみてみたいなあという風に思っていたのです。
そしてついにチャンスが巡ってきました。

なぜ台北トランジットが多かったのか?
昔はタイによく出かけていたので、バンコクから日本往復のチケットを買った方が安かったのです。
おまけに1年オープンともなれば、使い勝手もよいので、
ほとんど日本でチケットを買うことはなかったのですね。
そこで利用していたのが、毎日飛んでるチャイナエアラインだったのです。
だから、台北トランジットが多かったんですね。
今は、もう日本発の直行便でもかなり安いので、あまりバンコクでチケットを買うメリットはないのかも・・
と思ったりもします。

そんなわけで、何回も通過しながら入国できなかった国に行くことになったのでした。
今回は、比較的楽な旅を、かつ快適な旅をということにしたかったので、
ホテルは予約していきました。

東南旅行社を通じて圓山大飯店のシティービューを予約です。
この宮殿のようなホテルに泊まるなら、ぜったいに台北の街が見下ろせる、シティービューを取らない手はないと思ったからです。
飛行機は、チャイナエアラインにしました。
行きは午前便だと朝早くて大変なので、成田発の午後便を予約。
これで出発の準備は完了です。

後は成田から、今回はバンコクでなく、台北までチャイナエアラインにお世話になることになりました。
さて、どんな旅になることやら・・・





2005年5月

成田空港から午後の台北行きのチャイナエアラインでスタート。
この飛行機は、ホノルルから来た飛行機が成田経由で、台北に向かうのですが、
きっと乗客のほとんどは日本人なのでしょうね。
なので、乗り通す人はそれほど多くはないなあ。と勝手に思っていたのでですが、実態はどうなのでしょうか?
と思ったものです。

予想以上に満席な状態で台北へ向けて離陸です。
またしてもボーイング747-400の機体。
これを書いている今は、燃費の悪い4発エンジン機は、いずれなくなると囁かれてもいるのですが・・・

時期は5月ということもあって、台北の天候はよくないとの情報が機内アナウンスされました。
まあバンコクに行く時に、いつも通過している台北だし、
しかもいつも乗ってるチャイナエアラインということで、あまり新鮮味というか、
初めての海外の国に行くという感じはしないのは不思議なもんですね。

3時間30分と少しくらいで、沖縄本島の上あたりを跳び越して、台北の空港に着陸となります。
分厚い雲の中を突き抜けて、地上が見えてきたと思ったら着陸でした。
天候は曇りみたいですが、今にも雨が落ちて来そうな低い雲です。

さて、今回は、トランジットでなくて入国となりますので、
入境とかかれた⇒に沿って進みます。
入国も無事に終えることができました。
このあたりは、どこかのアジアの国々とは違った印象ですね。
全く何の問題もなしです。あっけなくパスポートにハンコが押され、めでたく台湾に入国となりました。

この旅も、全て自分手配につき迎えは来ていません。
よって、自分の力でホテルまで辿り着かねばならないのでした。
ここが旅の面白いところ・・・・

次回に、台北の中正機場かた台北市内へのエアポートバスでのアクセスについて書きますね。
2005年5月

台湾に無事に入国を済まして、今度は自力でホテルまで辿り着かねばなりません。
ここが旅の一番面白くもあり、また緊張する場面でもあるのですが、楽しくいこうということで、
まずは、空港リムジンバスのカウンターへ。
案内標識に従って簡単に辿り着くことができました。

台北の桃園空港(昔は中正空港)から台北市内へは、4つのバス会社がエアポートバスを運行しています。
國光客運、長榮巴士、大有巴士、飛狗巴士となります。
各社がそれぞれ路線を持っているので、自分の目的地にあった路線を選ぶことになりますね。

我々の泊まる圓山大飯店は、大有巴士がホテルへ直接乗り入れる路線を持っていると情報を得ていたので、
まっすぐ大有巴士のカウンターへ向かいチケットを購入しました。
どうやら圓山大飯店へは不定期運行?となっている様子。
カウンターの人も困ったなといった表情を見せるのでした。何故か?
その不安は乗車してから増長されていくのですが・・・

入国後にとりあえず両替を済ませます。
空港内の銀行では、適当に2万円くらい台湾ドルに変更しました。
ひとます空港の銀行はレートがよくないと思ったのですが、どうなんでしょう?
それほど気なるような差はなかったと記憶していますが・・・
まあまあ,そのあたりの金額に関しては、旅の期間の長さとかにもよるのでしょうね。
この旅は3泊4日という短期でしたので、気ならないと言えば気にならなかったのかもしれません。

とにかく圓山大飯店までのチケットを購入し、指定されたバスに乗り込みます。
料金は確か100元くらいだった気が・・・
バスはそれほど新しくなく、どちらかと言えば古いタイプのものでした。
乗っている乗客は、顔つきからすると日本人なのか台湾人なのか、パッと見では判断できないのでした。
話し声で何となく日本人とわかった方もいましたが・・・

とにかくバスは市内へ向けて空港を離れ出発したのでした。



当時は中正機場と言われていて、
チャイナエアラインなどの機内アナウンスでは、「蒋介石国際空港」と案内されていた時代もありました。
時代の流れか、今は台北桃園国際空港と呼ばれるようになりました。
その空港は台北の市内からは結構遠いのでありました。
バスで、たっぷり1時間はかかろうかという距離です。
東京で言うと、成田空港から都心へ向かうようなイメージですね。

我々の乗ったバスは、空港を出発してからすぐに高速道路に入るものと思いきや、ずっと一般道を進んでいきます。
日本の通行とは逆なので、逆走しているような違和感を感じつつも、外の景色を見つめます。
意外と、タイの田舎に似ているなというのが、第一印象。
しかしここはまだまだ台北の郊外の地。
これからもっと印象は変化していくことになるのですが・・・

少し進むと、結構賑やかな市街地に入ってきました。
「まさかここが台北ではあるまい?」と思っていたのですが、
何となく半信半疑?しかしまだ空港から20分くらいしか乗ってないので違うだろうと判断。
それにしても結構賑やかな街でした。おそらく桃園の街でしょう。
モスバーガーとかもあったりして、とても賑やか。
何人かの乗客がここで下車しました。

やがて大きな街を離れ、バスは高速道路に入りました。
やはり先ほどの街は台北ではなかった。まあ台北にしては小さすぎるし・・・

高速道路を順調に走り、この高速を出ればすぐに圓山ホテルと思っていたので、
ひとまず安心しましたが、ここから圓山ホテルを無視するかのようにバスは走っていくのでした。

続きは次回。

2005年5月

台北の高速道路に入った空港リムジンバスは、高速を順調に走ります。
日本と通行帯が逆なのが何だか不慣れであり、違和感がありまくりなのでした。
30分も走ったでしょうか、やがてバスは高速道路を降りて、一般道に入りました。
景色を見たところ、かなりの都会であるので、台北の市内に間違いはないでしょう。
このまま坂を登って、高台に立つ圓山大飯店へ・・・
と思ったのですが、悲惨にもバスはあらぬ方向へ走っていきます。

早速ガイドブックの地図を取り出して、外の景色と合わせてみます。
どうやら、台北の大通りである中山北路を南下していっている様子。
このままでは、台北の駅へ行ってしまう・・・
停車順序は、圓山大飯店が先で、次が台北駅のはずだが・・・
と考えているうち、バスは台北駅の駅前広場らしきところに到着しました。
大半の客が下車し、ほとんど終点のような雰囲気。

空港へ行くと思しき客も乗り込んできました。
「こりゃ忘れられたか・・・」と嫌な予感が脳裏をよぎる。
圓山大飯店は、不定期で客が居なければ通過の仕組みなんだろうか・・・

次に停まったのは、シェラトン台北。むむむ・・・
その次からは、グランドフォルモサリージェント、アンバサダー、グロリアプリンス、インペリアル、
と次々空港への客を乗せていくではありませんか・・・
これはヤバい、台北空港に戻ってしまうのでは?という疑念が湧いてきました。
まあそれなら仕方がないのですが、と開き直り、一応運転手に声を掛けてみました。
すると「OK!OK!」の返事。何がOKなのかはわからないのですが、一応大丈夫な雰囲気は読み取れました。

そうしてようやく、目的地である、圓山大飯店の前に着きました。
やはり忘れられていた可能性が非常に高く、もし声を掛けなければ、
本当に台北空港に逆戻りという、笑える事態に陥っていたかもしれませんね。
真偽のほどは定かではありませんが、こうして空港から無事にホテルに辿り着いたのでした。


2005年5月

台北桃園国際空港から、空港リムジンバスの運転手に忘れられそうになりながらも、
どうにか台北の市内にある、圓山大飯店に着くことができました。
空港から最初に泊まるホテルまでの移動というのが、
旅の中で最も面白いのかもしれませんよ。
初めての国だと、ドキドキすることが多いですからね。

圓山大飯店は、台湾の由緒ある建物らしく、重厚な作りをしていました。
正面からみる建物も、実に大きく見えて大変立派です。
ここに宿泊すると思うとなんだか嬉しくなってきましたね。

ホテルの中に一歩入ると、天井が高くまたどこかの宮殿にいるようにも感じます。
フロントは日本語もOKとなっているので、案内もスムーズ。
ところが部屋までの案内はなく、カギだけ渡されてあとは勝手にどうぞ、ということになったのにはビックリでしたが、まあほっとかれた方が気が楽だし、荷物も大してないから自分で行くことにしました。
高級ホテルはベルが付くはずだが、そもそもそのベルの人数自体も少なかった気も・・・
しかし何の問題もなく部屋に辿り着きました。

部屋はシティービューを予約していたので、
台北の町並みが見下ろせることになっているはずなので、非常に楽しみに部屋の中へ。
期待は裏切られませんでした。

到着したのが、夕方だったので、
ちょうど夜景が綺麗になってくる時間帯です。
遠くにはたぶん行くことになるであろう、TAIPEI101の高層ビルや、
新光三越の入った台北駅近くのビルもよく見えました。
とても綺麗な夜景です。しばし感動。
また、松山空港に着陸する飛行機が、目の前を飛んでいくのにもびっくりしました。


2005年5月

台北第1日目は、こうして無事に圓山大飯店にチェックインできたのですが、
問題は晩御飯。
旅にとって食事というものは、とても重要なことで、
旅の印象の良し悪しのかなりのウエイトを占めるものなのではないか・・・
と最近は考えるようになりました。

ホテルで食事が一番簡単ですが、
せっかく台北に居るわけだし、ここは一つ街へ出てみようということになりました。
無料のシャトルバスが、MRTの圓山駅まで出ているので、
これを利用して駅まで行けば、何か周辺にあるに違いないとタカをくくっての行動です。

時間通りに、ホテルの正面玄関前から、マイクロタイプのシャトルバスに乗り込み、
早速MRT圓山駅へ向かいました。
時間にしたら、もう19時くらいで日もとっぷり暮れており周りは真っ暗です。
駅に着きましたが、周辺には食事場所らしきものが一つもありません・・・
困った困ったとあっちウロウロ、こっちウロウロ・・・

結局、ウロウロしていても仕方がないので、適当に大きな通りを南下していきました。
周辺は人通りもなく、嫌な雰囲気。
もしかしたらこのあたりは治安が悪いのかもしれないな・・・と不安になりながら歩きます。
すると、左側にサントスホテルの看板が見えてきました。
どうやら、承徳路をひたすら南下してきてしまったようです。

このまま少し行けば、MRTの民権西路駅です。
どうやら圓山駅から1駅分散歩してしまったようなので、空腹も限界に・・・
帰りは、1駅でもMRTに乗ろうということに決めて、
圓山駅の周辺よりは、はるかに賑やかな民権西路駅へ向けて、歩いたのでした。

 (続きは次回)


2005年5月

台北の第1日目。

圓山駅周辺で食事にありつけず、仕方なく民権西路まで歩かされてしまったのですが、
この周辺は、けっこうお店もたくさんありそうな雰囲気。
ところがいざ行ってみると、あまりないのですね。
ひとつだけ、台湾料理っぽいお店あったんですが、
もう閉店の準備中といった感じにも見えたので敬遠することに・・・

すると、モスバーガーの看板が目に飛び込んできました。
うーむ、食事とはいえないが、これ以上歩くのも無理だし、
海外に存在するモスバーガーとはいかなるものなのか??ということにも興味があるし、
どうしても食べたくなってしまいました。

まあ2つもバーガーを食べれば、腹も満たされるであろうと考え、
日本とどんな違いがあるのかと、かすかな期待を持って店内へ入りました。

店内の作りは、ほとんど日本と同じです。
レジに並ぶと、メニューは当然ながら台湾語の漢字だけです。
漢字の意味でだいたいどんなものか察しは付くし、写真も併記とあれば、
日本人にとっては何ら問題はないのでした。

しかし、あれこれ考えていると、我々が日本人であると気が付いた店員は、
気を利かせてか、何と日本語のメニューを出してくれたのでした。
内容はほぼ日本と同じです。
普通にチリドックなど注文してしまいました。
味の方もほぼ同じ、店の作りもほぼ同じ、日本語のメニューで注文OK。

食べながら思いましたね。
ここはいったいどこなんだ?本当に台北にいるのだろうか?と。
そういえば、圓山大飯店のチェックインも日本語でした。

こうした錯覚は、今後も台湾の旅を続けることで、より感じることが多くなってくるのですが、
いやはや、このモスバーガーの一件は、奇妙な体験となりました。

2005年5月

台北第2日目

圓山大飯店の夜景を存分に楽しんでいたので、
少し寝るのが遅くなってしまい、これまた見事に寝坊してしまったのでした。
本当はもうすでに、台北の駅から九份へ向かって列車の中、という時間なのに・・・
未だに圓山大飯店に部屋におりました。

身支度を整えて、昨日と同じマイクロバスで、
MRTの圓山駅まで送ってもらい、そこからMRT淡水線に乗って、
台鉄の台北駅まで向かうのであります。

MRTは昨晩のモスバーガーのある民権西路駅を過ぎると地下にもぐり、
地下鉄となったまま、台鉄の台北駅に滑り込んだのでした。
この地下鉄は、雰囲気はまったくもって日本と同じなんですね。
ただ、通行が逆なだけで、乗ってる人々もみんな日本人と同じような顔つき、格好なので、
何だか日本にいるような気分なんです。
たぶんしゃべらない限りわからないのでは・・・などと思ってしまいました。
外国人と思われない方が都合がいいことがたくさんありますからね。

台鉄台北駅にて、早速九份への乗り継ぎ駅となる瑞芳駅までのチケットを購入。
列車の間隔がちょうど開いてしまうのかわからないが、
40分後くらいの自強号になりました。
言葉だと間違えそうなので、紙に瑞芳と書いて窓口の人に見せたら、
自然と自強号になっただけなんですがね。
外国でチケット買うときは、紙に書いたほうが確実かもしれませんね。

ここでやっとこさ遅めの朝食・・・
時間にして11時くらいだったでしょうかねえ。
いやはやお腹空きました。
駅の簡易カフェみたいなところで、珈琲飲んでまったり・・・
こうしてまたもやというか、いつもなんですが、私の旅はスローなっていくのでした。



2005年5月

台北駅で遅めの朝食を食べた後、11時過ぎ自強号に乗り込みます。
台北駅は地下のホームからの出発です。
早めにホームに降りてしまったので、何本か列車を見送ると、
目的の自強号が滑り込んできました。

台湾の鉄道の特急列車である自強号は、乗り込んでみると、
内装は日本の車両とそっくり同じなのでした。
旧国鉄の特急車両といった風情を感じましたね。なんだか懐かしいような・・・
ただ通行は逆なので、すれ違い列車は左前方からやって来ることになることが大きな違いかと思います。

こんな優等列車に揺られていると、長旅をしたくなるものなんですが、
わずか45分ほどの瑞芳という駅で下車になります。
このまま乗っていくと、台湾東部の花蓮の方に行くと思われます。
いつもの気ままな旅の癖が出て、このまま東部まで・・・という考えが頭をよぎるのですが、
いけないなあ・・・と思いつつ、瑞芳駅で下車したのでした。

九份へ向かうためのバスに乗るため、駅前に立ってみると、
またこの瑞芳の駅前の光景が、何とも言えず懐かしい・・・
どこか日本で見たことのあるような駅前の光景なのでした。

どこかの温泉地であったような、子供の頃家族で出かけたどこかの町のような、
記憶がフラッシュバックされたのを覚えています。
思わず瑞芳の駅前広場に佇んでしまいましたね。

さて、ここからバスに揺られ、ノスタルジックな九份に向かいます。
今日は休みなのかわかりませんが、
九份に向かうと思われる人たちが、たくさんいる辺りがバス停に違いないと思われたので、
そちらへ向かいました。
案の定ここがバス停のようです。
みんな日本人のような顔立ちをしていますが、よく言葉を聞いてみると、
台湾の言葉を話しています。
見たところ日本人はいないようです。

関連タグ : 台湾, 九份, 自強号, 花蓮,

2005年5月

九份の駅前からバスにて九份の観光地へ向かうのですが、
バス乗り場は駅前にポールが立っているのみ。
それにしても、どちらの方向へ向かうバスに乗ればいいのか方向がわかりません。
そこで、客の多さでまず判断し、バスに乗る際には行き先表示を再度確認することにします。

どうも道の反対側にあるバス停に、台湾人の団体がいたので、
見当をつけてそちらへ移動し、やって来たバスに乗り込みました。
行き先表示が金瓜石だったので、間違いないでしょう。
車両は普通の路線バスタイプのもの。

発車したバスは、すぐに市街地を離れて、山をグングン登りながら高度を稼いでいきます。
朝から曇っていましたが、ここへ来て太陽が顔を出しました。
台北の5月は天気が良くないと聞いていたのですが、
九份の地で天候が回復してくれるとは、嬉しい限りですね。
バスの車内は大変混み合っていて、座ることはできませんでしたが、
窓からちらと見える、山の上からの景色はとてもきれいでした。

多くの台湾人でいっぱいのバスは、山をどんどん登ります。
このバスの終点は金瓜石という所で、日本統治時代にはそちらも金鉱として栄えたらしいのですが、
今回は手前の九份で下車となります。

セブンイレブンの見えるバス停で、多くの台湾人が下車したので、
ここに間違いないということで、一緒に下車。
ここから基山街という九份の、言わば商店街に入っていくことになります。
観光地のムードがプンプン漂う、このアーゲード付きの商店街の内部の様子はまた次回ですね。


関連タグ : 九份, 金瓜石, バス, 台湾,

2005年5月

やっとこさ九份に着きました。
台北から列車とバスを乗り継いで、ちょっとした小旅行ですね。
大勢の台湾人につられて、バスを降りると、そこは九份の入口です。

セブンイレブンの脇から、アーケードになっている九份の商店街?
に入って行きました。
中に入ってみると、そこはもう独特な雰囲気。
左右に並ぶのは、主に土産屋が多く、中には水晶を売っている店なんかもあるが、
何だかいかがわしい感じもあり、ちょっと買うには勇気が要りますね。
それに加えて、臭豆腐の匂いが立ち込めているところもあり、
それがまた台湾らしい風情を物語っているのでした。

臭豆腐のせいか、ここでまたお腹が空いてきたので、
さすがに臭豆腐は敬遠して、
ちょっとしたタイの屋台みたいなお店に入ってみました。
案の定台湾語のメニューしかありません。
困りながらも、漢字の読解に悩み、あれこれ想像していると、
このお店の息子がなんと日本語がわかるではないですか・・・驚きです。
注文を瞬く間に受けてくれました。

普通のチャーハンなど頼んだのですが、
それとは別に、出てきたスープの中に入っていた、豆腐のような赤い物体は何かわからなかったのですが、
後ほど調べてみると、どうやら血を固めたものだったいみたい・・・
嘘か真かわかりませんが、独特の味付けではありました。

さらに九份のエリアの散歩を続けます。
意外と狭いエリアなので、すぐに歩き終わってしまいました。
商店街がメインストリートで、それ以外は人影もまばらな雰囲気です。
もともと小さな町ですからね。

(つづく)
2005年5月

九份での散策はまだまだ続きます。
商店街を抜けると、眺望のよい場所があります。
ここで記念撮影をしている方が多いですね。
遠くには、港が見えました。おそらく基隆の町ではないかなあ・・などと勝手に想像。
ここ九份は、すこし丘の上にあるので、こうした景色の良い場所もあるのですね。

写真を撮り、豎崎路を下っていくと、そのあたりは昔は栄えていたのでしょうか。
下の写真のような映画館の後がありました。
九份の光景

今は廃墟と化しているようですが、当時の面影を残し、思いしのばれるといったところでしょう。
この旧映画館の前にある「九份珈琲」という喫茶に入りました。
ここの建物ももまた古いようで、先ほど通ってきた、九份の商店街の喧騒が嘘のような静けさです。
遠くに海を見ながら、ただボーっと過ごしました。
昔の日本の植民地だった頃と、この建物は何も変わらず、ただ時代だけが過ぎていったのだろうなあ・・
などと考えつつ。

とすると、雨が降ってきました。
雨の九份の街はさらに、いい感じに映りますね。
晴れより雨の方が九份らしいかなあ・・などと勝手に思ってしまっては、これまた失礼な話なのかもしれませんね。
雨のタイミングを見ながら、九份を去ることにしました。

2005年5月

九份では、あいにく雨が降ってきてしまいました。
お昼は晴れていたのに・・・・
天気は変わりやすく、こればかりはどうしようもありませんので、
台北へ戻ることにしました。

少し歩き、今度は瑞芳の駅から来た時に降りたバス停の、一つ瑞芳よりのバス停から乗ることにしました。
バス停には台湾人の女性が一人。
どこへ行くのか聞いてくるので、「台北」と答えると、
わかったとの返事。

やがてやって来たバスの方向幕は「台北」となっていましたが、
我々は瑞芳の駅で下車の予定。
しかし、その女性は、運転手と何事か台湾語で話した後、我々に英語で「このバスは台北まで行くので、乗っていったほうが、早いし安い」というのです。
我々も、まあいいかということで、その台湾人女性の話を聞くことにしました。
事前に、台北までバスの便があることを知っていましたので、まあ大丈夫であろうと。

やがてバスは、瑞芳の駅を通り過ぎて、高速道路に入りました。
普通の路線バスなのに、高速を走ります。
まあ立客はいませんので、安全面では問題ないかと・・・

車内での飲食は一切禁じられているのにも、かかわらず運転手さんは飲み物とお菓子をつまんでいました。
まあ九份から台北では距離もあり、時間もかかるので、気持ちはよくわかりますね。
まあよいのでは・・・と見ながら苦笑いしていました。

台北の町が近づいたのか、バスは高速を降りて、市街地へ入って行きます。
もう台北なのでしょう。
交通量も増えてきました。
2005年5月

さて、九份からどうゆう風の吹き回しかバスで台北に戻ることになったのでした。
中崙とかゆう台北のどこかの街角から、九份行きのバスが出ていることは知っていましたが、
その到着場所については、よく調べていなかったので不安が残る状態です。

バスはどうやら台北の市街地に入ってきたようです。
ここで、台北のどこに行きたいか聞かれたので、
SOGOあたりに行きたいと答えると、一緒に降りて着いてくるように言われました。
怪しいと思いつつも、その台湾人女性と共に、バスを降りました。

こっちへということで、着いていくと、
そこはどうやら京華城というショッピングセンターの中のようです。
どんなわなが待ち受けているのか・・・
日本のどこから来たか、九份はどうだったかとか、ありきたりの会話をしながらも、疑いながら着いていくと、京華城の中を抜けて、無料シャトルのバス乗り場へ。
「ここから、バスに乗れば行けますよ。では私はここで、良い旅を!」
ということになりました。

本当の好意だったんですね。
私たちが、かなり警戒しすぎていたので、恥ずかしく思いました。
これが旅の、難しいところ・・・
どこまで人を信用したらいいのか・・・私たちは、まだまだ人間ができてないなあ・・・
と思って情けなくなったものでした。
台湾人のよい一面を見させてもらい、日本人の疑り深さをも見た気がしました。
ただし、必ずしもいつもこうなるわけではないわけで、他のパターンだと罠の場合もあるかもしれません。
注意はした方がいいのか、難しいとこどではあります。

2005年5月

士林の夜市にやってきました。
台北にはいくつかの夜市があり、どこも賑わっているようなのですが、
この士林夜市は規模も大きいので、見ごたえありと聞いて、
ついつい足を運んでしまいました。

行った時間は、夜の9時くらいだったでしょうか。
場所は、MRT淡水線剣潭駅を降りてすぐ。
夜市の名前が士林のため、士林駅を利用したくなるのですが、
最寄り駅は剣潭駅ですので、気を付けましょう。
お間違えのないように。

駅前には、大きな屋台食堂街があり、その中には、いろいろな食べ物があるので、
本当に何にしようか迷ってしまうほどでした。
何を食べるのか決めるのに、10分くらいさまよってしまうことになりました。
で、結局選んだのは、台湾ビーフンみたいなものでした。
標準に見えるのですが、これがまた素朴な味わいとでも言いましょうか。

剣潭駅から少し歩いていくと、普通の商店街みたいな所が夜市のとなっていて、
人出も多く、大賑わいとなっています。
台湾人の方もかなり来ているようで、観光夜市となってはいるものの、
地元の市といった感じですね。

売っているものも、食べ物から、アクセサリー、Tシャツ、水晶、その他雑貨などなど。
ここで台湾のお土産はゲットできそうなくらいの品が揃っていましたよ。

台湾に来たら、一見の価値ありですね。

2005年5月

鼎泰豊(ディンタイフォン)の小籠包(しょうろんぽう)はとても有名なので、
これを食べるのが、この台湾旅行の目的の一つでもありました。
そこで永康街にある、鼎泰豊のお店に行くことにしたのでした。
永康街については、またの機会に書くことにして、
今回は、鼎泰豊鼎泰豊小籠包についてに絞ります。

まず鼎泰豊のお店に行ってみたところ、
時間帯がお昼のせいもあってか、すでに長蛇の列が・・・
それでも、お店の店員は慣れたもので、次々に名前を聞いては、さばいていきます。
店構えはそんなに大きい感じはしないのですが、このビル自体が鼎泰豊とあってか、
回転は早いようで、意外に短い時間で席に案内されることになったのでした。

早速、鼎泰豊(ディンタイフォン)の小籠包(しょうろんぽう)を味わいます。
中に肉汁がたっぷり入っていて、
それを、醤油とお酢、それに生姜で頂くのですが、
もうその美味しさは・・・たまらないといった美味しさで、
しばらく絶句しましたね。
小籠包というのは、これまたこんなに美味しいものだったのか・・・と。
改めて感じるくらいに美味。

もちろん、台北に来ていて食べるのですから、
その場の雰囲気というのもあるのは当然ですが、それを見越してもまだ美味しいと言えましょう。
(後日、新宿の高島屋の鼎泰豊で食べた時は、また一味違ったのは何故・・?)

小籠包のほかにも、何品か料理を頼んだのですが、
ハズレというのはなかったですね。全て美味しいですよ。
ただ、ここに来たら小籠包だけ連続注文して、それだけ味わえれば、
もう満足なんではないでしょうかね。

というわけで、ひとつだけ言えるのは、
鼎泰豊(ディンタイフォン)の小籠包(しょうろんぽう)は、とても美味しいので、
ぜひ台湾に来たら味わうべし。としておきましょう。


関連タグ : 鼎泰豊, 小籠包, 永康街,

2005年5月

この日はあいにくの土砂降りの雨・・・
にもかかわらず、せっせと観光をするに至ったのでした。

中正紀念堂の近くにある、
豆乳と揚げパンのようなものを食べさせてくれる、
半分屋台のようなお店で朝御飯を食べ、豆乳で満たされたお腹をかかえてやって来たのが、
この中正紀念堂なのでした。

そのお店の位置が、中正紀念堂の裏手にあったものですから、
怪しい入口から入ると、ちょうど真裏からアクセスすることになったのでした。
本当は、表から来た方がわかり易いようなのですが・・・

土砂降りの中、衛兵の交代も見ました。
すごいですね。この一糸乱れぬ動き、目線もまたしかりです。
目の前に行ってもまったく動かぬ視線。
この衛兵はすごい訓練を積んでるんでしょうね。

中を見物した後、本来くるべきであった正門?側からこの中正紀念堂を後にしたのでした。
雨でなればもう少し見ていったんですがね・・・
天気ばかりは仕方がありませんね。


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関連タグ : 中正紀念堂, 豆乳,

2005年5月

中正紀念堂からバスに乗り込み、この永康街へやって参りました。
台北は日本みたいなので、思わず日本にいるノリで、
バスを待つのですが、車の流れを見て、「あっ、逆だ」と気が付くのですね。
右方向に行きたい場合は、ついつい道を渡りそうになるのですが、
車の流れをみて気が付くのでした。

永康街はとても小さなエリアです。
歩くと10分もあれば回れてしまうのではないでしょうか。
鼎泰豊で、たらふく美味しい小籠包をいただいてから、
少しお腹を空かせようと、永康街を散歩です。
お腹を空かせないと、次が入らない・・・

永康街は、雰囲気的には確かに代官山?っぽいとこもありますが、
やはりどこかアジアの雰囲気も醸し出していているのでした。
永康公園はただの公園でしたし・・・

その永康公園の近くにある、「回留」(ホイリュウ)
でティータイムとしました。
お洒落なお店で、いろいろな雑貨も売っていました。
お茶の入れ方なんかも説明してくれて、美味しくいただきました。
ウーロン茶にもいろんな種類があるんですね。
なんだか日本のカフェにいる感じになってきて、ついつい寛いでしまいました。
外はなんだかドンヨリした空模様で、そんなに長く散歩する気にもなれませんでしたからね。

次は、オープンしたばかりの高層ビル「TAIPEI101」に向かいます。



2005年5月

ついにやって来ました。
TAIPEI101。
永康街からバスに乗って向かってみると、大きなビルが間近に近づいてきました。
そう、この当時は世界で一番高いことになっているビルでした。
このブログを書いている今の段階では世界一ではありませんので、ご注意ください。

展望台の入口が何故かわからず、右往左往したものの、
なんとか展望台行きのエレベーターを見つけることができました。
エレベーターの中では、謎の中国人?が携帯電話で、しかもでかい声で話し続け、
雰囲気ぶち壊し・・・・
せっかく世界で一番高いビルに、最速のエレベーターで上がろうとしているのに、
この中国人のおかげで、少しイラッときましたね。流石に。
でも89階でも、この人携帯で話してましたから、
「ここでも電波は来るんだなあ・・・」などと感心したりもしました。

いやあ、しかしすごい眺めでした。
宿泊している圓山飯店も見えて感動。
離着陸する飛行機や、道行く車もとても小さく遠望できて、なんだか別の世界にいるようでした。
窓際から見下ろすと、高さを感じられますね。
ガラスが無かったら、とてもじゃないけど下は見れませんが・・・

台北に来たら、このビルに昇ることをお勧めしますね。
景色に見とれてしまい、ついつい長時間を過ごしました。
夕方になり、夜景に変わっていく時も、なかなかよいですね。

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