アユタヤ

ここでは、「アユタヤ」 に関する記事を紹介しています。
ただのタイが好き、そして旅が好きなTripuncle代表の旅行ブログです。

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2015年12月にネットショップ「Tripuncleアジアの暮らし雑貨」をオープン。関連記事も書いていきます。 Tripuncle アジアの暮らし雑貨にて、少しでも旅に行った気分になっていただけたら、という想いを込めて。。

トリップアンクル縮小版


タイの列車は、案内放送がない。当然なんですね、これ。
で、案の定降り損なってしまった。
終点ならわかるが、途中では余程注意していないと降り過ごしてしまうのです。
そろそろアユタヤに到着してもいい時間だが、明らかに遅れているのはわかっていた。
近くのおばちゃんに、「アユタヤは次?」と聞くと少し考えて、「まだ」みたいな素振り。
こうなったら、いつでも下車できる準備をしておいて、停車駅の標識を確認次第、すぐに下車するしかないと、停まるたびに駅名票を探す。
なかなかアユタヤの文字は見えず・・・・
かなり遅れてるなこりゃ、もうバンコクまで行ってしまおうか・・・などと考え始めた矢先、先ほどのおばちゃんが、「アユタヤー」と声をかけてくれた。
次にゴトリと止まった駅では、駅名票を確認できないが、盛んに「アユタヤー、アユタヤー」とおばちゃんが連呼するので、下車を決意。
でもなんか違うかんじなんですねえ。
下車後途方にくれる結果に・・・




下車して、列車が去った後、「さて、またしけた駅だなアユタヤは・・」
と一人つぶやいていたが、すぐに駅名票を発見し、異変に気づく・・・。
たしかに、アユタヤの手前の駅らしいことが判明。
これは困ったねー。駅員らしき人に聞くと、アユタヤは次だよ(笑)だってさ。
次の列車はいつ来るかもわからんが、すぐに来るということなので、待つことにしよう。
言われてみれば、駅には結構人が集まってきていた。
みんな列車を待ってるんだろうか・・・?
チェンマイからの列車も結構遅れていたので、もうダイヤなんてものはあってなきものなのでしょう。
こんなことは日常的なことで、誰一人文句も言わないで、みんな待っていました。




定刻なのかよくわからないまま現れた列車は、完全なローカル列車。
地元の人しか乗っていません。
自分もそんな中に混じってアユタヤへ。確か次の駅だった。
アユタヤの駅は先ほどの良くわからない駅よりもかなり立派に見えた。
アユタヤのトゥクトゥクは悪名高しと聞いていたので、警戒していたが、まったく平気。
ためしに、駅前の屋台に寄って、バミー(ラーメンみたいなもの)を食べて、トゥトゥク寄って来ないかな・・・とか思っていたが、まったくその気配はなし。
少し寂しく感じたもんですよ。
最近のアユタヤのトゥクトゥクはまだしつこいままなのかな?

さてアユタヤの宿探し。
トゥクトゥクもそんなに寄ってこなかったので、あてもなく、渡し舟に乗り対岸(といってもすぐそこ)に渡る。
駅は川の反対側にある街の作りになっているため・・・。
市場があるあたりをうろうろしながら、ガイドブックの宿を探す。
ふらっと入ったゲストハウス。最初は英語で対応しようとしたら「日本語でどうぞ!」
と言われびっくり。
まさかアユタヤで日本人がフロントにいるなんて考えられられなかったので意外な感じ。
部屋は空いていたので、早速チェックインさせてもらった。
チェンマイでのトレッキング行け攻撃でうんざりしていたとこだったので、なんとなく落ち着いて滞在できそうな予感がよぎり、このまま帰国直前まで逗留するとは・・・。

アユタヤの町は、意外と小さく感じられた。
ただこの時期(2月)は結構暑くて、直射日光(殺人ビーム)をまともに浴びての行動は厳しい。
しかし、勇気を振り絞って、日本人町跡まで、徒歩で行くことにした。
同宿の人も、そりゃ面白いと同行してくれることになった。
心強いばかりでなく、ちょっとしたピクニック気分で出かけることに。
地図で見る限り、日本人町は川の向こうといった場所にあり、当然橋など架かっていないので、陸で行くには相当な遠回りを強いられることになる。
がしかし、事前にガイドブックにはない渡し舟が出ていて、それを利用するとかなりのショートカットになるとの情報を得ていたので、未確認情報ならがら、それに賭けてみることにした。
なけりゃ本日は諦めるしかないね。と開き直っての出発となった。





殺人ビームは容赦なく降り注ぎ。体に当たる。
照り返しもすごい。そんな中を我々はテクテク歩いていった。
体の中の水分はどんどん出て行く感じなので、事前に購入しておいた水を補給しながら。
途中で休み休み、または屋台があれば焼き鳥や、カオニャオ(もち米)をパクつきながらなので、一向に距離はでません。
カオニャオはただのもち米なんですが、これだけで食べても米の甘みと、口の中に広がるネバネバ感がたまらなく美味しくて、病み付きになってしまう美味しさ。これに焼き鳥がまたよく合うのだ。
これにビールがあればさぞかし、最高なんだろうが、今後の行程を考えて、宿に帰るまでお預け。

果たして、見当をつけて行った場所に渡し舟を発見した。
渡しで向こう岸に渡れば日本人町はもうすぐだ。
こんなマイナーな渡し舟は地元民しか使わないらしく、突然の珍客に船頭のおっちゃんはビックリした様子だったが、
そんなびっくりしている様子は、微塵も見せないふりをし、むしろ「何でこんな時間に来るのだよ。このやろう。」的な顔をして、
しぶしぶエンジンをかけて向こう岸まで連れて行ってくれた。
でもばったくりはしない。あくまで2バーツという船賃しか要求しないのでした。
なんという商売気の無さでしょう。すばらしい。

そうしてようやく辿り着いた日本人町跡。
しかし、昔ここに日本人が住んでいた跡などは微塵もない。
ここが日本人町の跡地ですよ。と言われない限り気がつかないであろう。
昔の人はすごいよね。こんな何もない土地に、しかも命がけでやって来て、開墾し、傭兵となり、・・・・・
いったいどんな思いを描いていたのであろうか・・・。
祖国の土地を二度と踏むことなく、ここで亡くなっていった多くの日本の人々のすごさを改めて認識したのでありました。


しかしどう見ても、ただ通り過ぎてしまいそうな日本人町の跡です。
夏草や・・・じゃないですけれど、知識がないままだと、わからないですねえ。
最近はどうなったのかわからないですけれど・・・
今は少し整備されたのでしょうかね。

アユタヤの遺跡のひとつに入り、塔に登り、ぼけーっとしていると、なんだか落ち着きました。
日本での喧騒などをふと忘れる瞬間があります。
こういうところに腰掛けて、ふと時間を忘れ、昔はここはどんなだったんだろう?と昔の情景を想像してみたりして。
意外や意外、アユタヤは私にとって落ち着く場所だったのかもしれません。

ここアユタヤに来る前に、チェンマイでのいろいろなことがあったので、そういったことも大きく影響していたのかも。
旅なんて、その時のタイミングで出会う人も変わるし、行く場所も変わる、当然土地の印象も変わってきますよね。

バンコクから近い、その気になればバンコクから日帰りでも来れるアユタヤの町。
行きはバスで、帰りはクルーズ船で川を下りながらバンコクへ戻るなんて、ツアーもありますね。
確かパンダトラベルだったと思います。

いろいろな手段がありますので、お好みでアユタヤへ行って見てはいかかでしょう。
できたら1泊くらいはしたいところではあります。
アユタヤで初めて、ドリアンを口にした。
夜の屋台で、旅で出会った仲間たちと酒を酌み交わし、
ちょこっと酔ったとこで、誰かが「ドリアン食べよう!」と提案。
おっかなびっくり、そこら辺の屋台でドリアンを買ってきた。
恐る恐る口にに入れてみる。
目を瞑りそーっと口中へ・・・・
するとどうだろう、それほど匂わないではないか。
これはいけると、一気に食べてしまった。
匂いがきつくて無理と考えていたのに、意外な感じ。

もしかしたらドリアンじゃなかった??
と思えるぐらいのものでした。

でもまったくの無臭というわけにはいきませんがね・・・
ドリアンに対するイメージというのは、臭覚をも狂わせてしまうのでしょうか。
恐るべしドリアン・・・
次は食べられないかもしれませんね・・・