私の旅行記というか旅行雑感を書いています。Tripuncleのお店に来る人にも役に立てば嬉しいです。
ただのタイが好き、そして旅が好きなTripuncle代表の旅行ブログです。

時系列の問題があるため、左のバーにあるカテゴリーから読みたい記事をクリック願います。 途中からだと何の記事かわからないといったことが起きますので、カテゴリーから入ったほうが読みやすいです。


2015年12月にネットショップ「Tripuncleアジアの暮らし雑貨」をオープン。関連記事も書いていきます。 Tripuncle アジアの暮らし雑貨にて、少しでも旅に行った気分になっていただけたら、という想いを込めて。。

トリップアンクル縮小版


夜汽車のチェンマイへの旅は、エアコンにさらされる寒い旅となった。
日本を出てくるときに着ていた、冬物の服を引っ張り出して、それを被った。
夜中のタイの町は暗い。それは人が居ないからでもなく、ただ単に電灯自体が少ないことが理由なんだろうか。
それとも、都会で育ってしまった自分が暗さに慣れていないことも影響しているのだろうか。
夜行列車は、そんな小さな街の、小さな灯火の中を通過していく。
街の灯りについて考えるうちに、いつのまにか眠ってしまった。
ゴトンと列車が止まる音で目覚めるとチェンマイに到着していた。
他の乗客は降り始めていて、私も慌てて下車準備をした。こんな時は忘れ物注意。
時計は9:00AMを指しており、当然の如く定刻より1時間遅れていた。
タイではこんなのは当たり前ですよ。




寝ぼけた頭で列車を降りると、早速客引きが寄ってきた。
聞けばゲストハウスの客引き。
駅から街の中心部へは距離があるのは調査済みなので、面倒になり「部屋見るだけ」
ということで、付いていくことにした。これがいけない方向へと向かった。
ピックアップで運ばれて、○○○というゲストハウスに到着。
場所的には、ナイトマーケットも徒歩圏内とあり、まあまあ。
だが、しかし、宿の人の対応はいまいちでげんなりしてきてしまった。




この○○○ゲストハウスは、最初は愛想よく出迎えてくれるが、
客が宿主催のトレッキングに参加しないと見るや、たちまち態度を硬化させて無愛想になる。
「チェンマイに来てトレッキングに行かないのはどうかしてる・・」という態度で扱われ、
宿にとても居れる雰囲気ではなくなる。
「こんな宿もあるんだなあ」とあきれてしまった。
ある場所に来て、何をしようが、どこへ行こうが、そんなものは自分の勝手なのにねえ・・・
その街の印象は宿によっても変わってくるものなのですね。
これがもし、もっとよい宿だったら・・・どうなっていたのでしょうか・・・
もし、これからチェンマイにいくことがある人は宿はしっかり選びましょう。大切な夏休みの旅行です。よーく比較検討を・・・・

こちらは、僕もよく利用しています。
なかなか便利ですよ。↓↓


気分を害した私は早速チェンマイからの移動を決意。
その日は、宿の従業員とやりあった挙句、駅へ出向き翌日のアユタヤまでの鉄道チケットを買ってしまった。
その宿には仕方なく1泊だけすることにして、街をうろうろ。
ソンテウという乗り物が走っていて、それでたいがいの所は行ける。
言ってみれば乗り合いタクシーで、客が乗っていても停めて方面を確認して、合っていれば乗れる。
全く違う方向ならまた別の車を探すことになる。ピックアップトラックの荷台を改造して乗れるようにしてある。
こうした車がたくさん走っているので、どこへ行くにも便利だった。
これで、バスターミナルへ行ったり、ナイトマーケットをうろついたりして、時間をつぶした。



翌日はチェックアウト時に一悶着。
チェックアウト時間が室内の表示と、フロントのおばちゃんが言うのと食い違っているではないか・・・。
11時と書いてあったので、ジャスト11時にチェックアウトしようとしたら、10時と言われた・・・
トレッキングに行かない客への嫌がらせかと思った。
こちらも頭に来て、「じゃあわかった。いくら払えばOKなの?」と聞くと向こうも黙った。
なんとも後味の悪いチェンマイ滞在になってしまった。
よい街なんだけれどね。こういったことでも旅や街の印象はずいぶんと変わってしまいますよねえ。
トレッキングに参加したら、逆にVIP待遇になったのかしら。
恐るべしゲストハウスでした。


宿は自分で探すのも、面白い。
しかし事前調査も必要です。参考までに↓


夜行列車までまだ時間に余裕があったので、街をぶらつく。
ナイトマーケットの周辺は、昼間は比較的静かな感じがした。
夜と昼の表情もまた違うものなんですねえ。ナイトマーケットといっても怪しくはありません。
ただ、屋台でお土産を売っているだけ。なんだかほのぼのしていたのを覚えている。
現在、チェンマイはロングステイ先の一つとして、脚光を浴びているが、ナイトマーケット周辺は
昔のままだといいなーとか勝手に思う今日この頃です。



チェンマイを出る直前、駅前の屋台で飲んだ豆乳の味が忘れられない。
たまたま屋台のおじさんと目が合ったので、近づいていくとなにやらおいしそうではないか。
勧められるままに、豆乳のようなものを飲む、甘い。
続けて勧められた、揚げパンの小さいのも勧められた。これまた豆乳と一緒に食べるとおいしい。
揚げパンの小さいのは、パートンコー(油條)というものらしい。
豆乳もおかわりして、油條もおかわりして、これだけでお腹一杯になってしまった。
帰国後もこの味が気になっており、なかなか出会えなかったが、ついに台湾旅行の時に遭遇して感動した。
油條(パートンコー)については、チェンマイ後あまり出会わなかったが、台湾で遭遇。
食してみたものの、味が違った気がした。
やはりあの時は、薄暗い中で、よいおばちゃん、おじちゃんらと一緒に立ち食いしており、その場の雰囲気というのもが、味覚に影響し、美味しいものがより一層美味しく感じられたのかもね。
駅前の、何となく暗いタイの街。そんな中で偶然見つけた食べ物。
なんとも言えない味でした。

とうとうチェンマイを出発。
アユタヤへの旅路につく。
今回は前回にも書いた
タイの汽車

の寝台車の下段は予約一杯で取れず、2等の座席エアコンなしの車両。
座席は結構リクライニングして、まあまあ快適なんだが、エアコンなし車両ということで、窓は全開になっている。
2月で、常夏の国タイとはいえ、北部の夜の空気は冷たい。
そんな空気が遠慮なく車内に入ってきて、またエアコンとは一味違った寒さが身に凍みた。
また日本出発時のトレーナーが役に立った。
ろくすっぽ寝れないまま、寒い寒い夜行列車の旅になりました。

タイの列車は、案内放送がない。当然なんですね、これ。
で、案の定降り損なってしまった。
終点ならわかるが、途中では余程注意していないと降り過ごしてしまうのです。
そろそろアユタヤに到着してもいい時間だが、明らかに遅れているのはわかっていた。
近くのおばちゃんに、「アユタヤは次?」と聞くと少し考えて、「まだ」みたいな素振り。
こうなったら、いつでも下車できる準備をしておいて、停車駅の標識を確認次第、すぐに下車するしかないと、停まるたびに駅名票を探す。
なかなかアユタヤの文字は見えず・・・・
かなり遅れてるなこりゃ、もうバンコクまで行ってしまおうか・・・などと考え始めた矢先、先ほどのおばちゃんが、「アユタヤー」と声をかけてくれた。
次にゴトリと止まった駅では、駅名票を確認できないが、盛んに「アユタヤー、アユタヤー」とおばちゃんが連呼するので、下車を決意。
でもなんか違うかんじなんですねえ。
下車後途方にくれる結果に・・・




下車して、列車が去った後、「さて、またしけた駅だなアユタヤは・・」
と一人つぶやいていたが、すぐに駅名票を発見し、異変に気づく・・・。
たしかに、アユタヤの手前の駅らしいことが判明。
これは困ったねー。駅員らしき人に聞くと、アユタヤは次だよ(笑)だってさ。
次の列車はいつ来るかもわからんが、すぐに来るということなので、待つことにしよう。
言われてみれば、駅には結構人が集まってきていた。
みんな列車を待ってるんだろうか・・・?
チェンマイからの列車も結構遅れていたので、もうダイヤなんてものはあってなきものなのでしょう。
こんなことは日常的なことで、誰一人文句も言わないで、みんな待っていました。




定刻なのかよくわからないまま現れた列車は、完全なローカル列車。
地元の人しか乗っていません。
自分もそんな中に混じってアユタヤへ。確か次の駅だった。
アユタヤの駅は先ほどの良くわからない駅よりもかなり立派に見えた。
アユタヤのトゥクトゥクは悪名高しと聞いていたので、警戒していたが、まったく平気。
ためしに、駅前の屋台に寄って、バミー(ラーメンみたいなもの)を食べて、トゥトゥク寄って来ないかな・・・とか思っていたが、まったくその気配はなし。
少し寂しく感じたもんですよ。
最近のアユタヤのトゥクトゥクはまだしつこいままなのかな?

さてアユタヤの宿探し。
トゥクトゥクもそんなに寄ってこなかったので、あてもなく、渡し舟に乗り対岸(といってもすぐそこ)に渡る。
駅は川の反対側にある街の作りになっているため・・・。
市場があるあたりをうろうろしながら、ガイドブックの宿を探す。
ふらっと入ったゲストハウス。最初は英語で対応しようとしたら「日本語でどうぞ!」
と言われびっくり。
まさかアユタヤで日本人がフロントにいるなんて考えられられなかったので意外な感じ。
部屋は空いていたので、早速チェックインさせてもらった。
チェンマイでのトレッキング行け攻撃でうんざりしていたとこだったので、なんとなく落ち着いて滞在できそうな予感がよぎり、このまま帰国直前まで逗留するとは・・・。

アユタヤの町は、意外と小さく感じられた。
ただこの時期(2月)は結構暑くて、直射日光(殺人ビーム)をまともに浴びての行動は厳しい。
しかし、勇気を振り絞って、日本人町跡まで、徒歩で行くことにした。
同宿の人も、そりゃ面白いと同行してくれることになった。
心強いばかりでなく、ちょっとしたピクニック気分で出かけることに。
地図で見る限り、日本人町は川の向こうといった場所にあり、当然橋など架かっていないので、陸で行くには相当な遠回りを強いられることになる。
がしかし、事前にガイドブックにはない渡し舟が出ていて、それを利用するとかなりのショートカットになるとの情報を得ていたので、未確認情報ならがら、それに賭けてみることにした。
なけりゃ本日は諦めるしかないね。と開き直っての出発となった。





殺人ビームは容赦なく降り注ぎ。体に当たる。
照り返しもすごい。そんな中を我々はテクテク歩いていった。
体の中の水分はどんどん出て行く感じなので、事前に購入しておいた水を補給しながら。
途中で休み休み、または屋台があれば焼き鳥や、カオニャオ(もち米)をパクつきながらなので、一向に距離はでません。
カオニャオはただのもち米なんですが、これだけで食べても米の甘みと、口の中に広がるネバネバ感がたまらなく美味しくて、病み付きになってしまう美味しさ。これに焼き鳥がまたよく合うのだ。
これにビールがあればさぞかし、最高なんだろうが、今後の行程を考えて、宿に帰るまでお預け。

果たして、見当をつけて行った場所に渡し舟を発見した。
渡しで向こう岸に渡れば日本人町はもうすぐだ。
こんなマイナーな渡し舟は地元民しか使わないらしく、突然の珍客に船頭のおっちゃんはビックリした様子だったが、
そんなびっくりしている様子は、微塵も見せないふりをし、むしろ「何でこんな時間に来るのだよ。このやろう。」的な顔をして、
しぶしぶエンジンをかけて向こう岸まで連れて行ってくれた。
でもばったくりはしない。あくまで2バーツという船賃しか要求しないのでした。
なんという商売気の無さでしょう。すばらしい。

そうしてようやく辿り着いた日本人町跡。
しかし、昔ここに日本人が住んでいた跡などは微塵もない。
ここが日本人町の跡地ですよ。と言われない限り気がつかないであろう。
昔の人はすごいよね。こんな何もない土地に、しかも命がけでやって来て、開墾し、傭兵となり、・・・・・
いったいどんな思いを描いていたのであろうか・・・。
祖国の土地を二度と踏むことなく、ここで亡くなっていった多くの日本の人々のすごさを改めて認識したのでありました。


しかしどう見ても、ただ通り過ぎてしまいそうな日本人町の跡です。
夏草や・・・じゃないですけれど、知識がないままだと、わからないですねえ。
最近はどうなったのかわからないですけれど・・・
今は少し整備されたのでしょうかね。

アユタヤの遺跡のひとつに入り、塔に登り、ぼけーっとしていると、なんだか落ち着きました。
日本での喧騒などをふと忘れる瞬間があります。
こういうところに腰掛けて、ふと時間を忘れ、昔はここはどんなだったんだろう?と昔の情景を想像してみたりして。
意外や意外、アユタヤは私にとって落ち着く場所だったのかもしれません。

ここアユタヤに来る前に、チェンマイでのいろいろなことがあったので、そういったことも大きく影響していたのかも。
旅なんて、その時のタイミングで出会う人も変わるし、行く場所も変わる、当然土地の印象も変わってきますよね。

バンコクから近い、その気になればバンコクから日帰りでも来れるアユタヤの町。
行きはバスで、帰りはクルーズ船で川を下りながらバンコクへ戻るなんて、ツアーもありますね。
確かパンダトラベルだったと思います。

いろいろな手段がありますので、お好みでアユタヤへ行って見てはいかかでしょう。
できたら1泊くらいはしたいところではあります。
アユタヤで初めて、ドリアンを口にした。
夜の屋台で、旅で出会った仲間たちと酒を酌み交わし、
ちょこっと酔ったとこで、誰かが「ドリアン食べよう!」と提案。
おっかなびっくり、そこら辺の屋台でドリアンを買ってきた。
恐る恐る口にに入れてみる。
目を瞑りそーっと口中へ・・・・
するとどうだろう、それほど匂わないではないか。
これはいけると、一気に食べてしまった。
匂いがきつくて無理と考えていたのに、意外な感じ。

もしかしたらドリアンじゃなかった??
と思えるぐらいのものでした。

でもまったくの無臭というわけにはいきませんがね・・・
ドリアンに対するイメージというのは、臭覚をも狂わせてしまうのでしょうか。
恐るべしドリアン・・・
次は食べられないかもしれませんね・・・
ドリアンは最近品種改良がなされて、匂いのきついのは減ったとのこと。
それにしても、ドリアン持込禁止の場所もたまにあるような・・・・
ドリアンの味を覚えた後、ミャンマーで買ったドリアンキャンデーは恐ろしい味だった。
ドリアンの味ではなく、石油の味が鼻につく何とも体に悪そうな代物だったっけ。
ヤンゴンの店屋で買ったのだが、あまりの不味さに本人も閉口。
でも確か made in Thailand だった気がする。
その後、タイのスーパーで同じ製品を探すも、1回もお目にかかっておらず、幻の一品となったのでした。
これを会社のお土産のひとつに持っていったら、えらいことになりましたとさ。
次回からはバンコクについてです。

たまにはバンコクについて書きましょう。

とあるBTS駅にある銀行。
ここで私はトラベラーズチェックの両替を申し出たのであります。
カウンターでチェックとパスポートを見せて、
普通に手続きを済ませて、待つこと10分。
「そろそろ呼ばれるかなー」とか思ってたけれど、まったくその気配なし。
30分経過。「まあここはタイだから・・・」ともうしばらく我慢。
ついに60分経過。「何故両替にこんなに時間が・・・」
気になり、「あの両替まだですか?」と遠慮がちに聞くと、
おばちゃん「あはは!金庫の鍵を本店に置いてきちゃって。今行ってるから待ってくれますか。」
唖然とする私を尻目に笑いながら、そう言ってのけたのでした。




さらに待つこと、60分。

「きゃははは!」との笑い声とともに鍵が無事に到着したみたい・・・・
かなり深刻な事態なのに、「きゃははは!」などと笑って対応。

「お待たせしました」と言われてやっとこさ、タイバーツを手にしたのでした。
銀行の人は、何の悪びれもなく普通に応対してくれたので、
こちらも「ありがとう!」と言って銀行を後にしたんでした。

これ日本だったら大問題ですよね。
こんなことでも笑って許されてしまう。そんなところがこの国の魅力のひとつなのかも。こちらも笑っちゃいますよ。
結局、たかが両替で2時間も経ってしまったんでした。
タイでの計画は慎重に時間的な余裕を見たほうがいいみたいですよ。

国が変われば習慣も変わる・・・
何事もその国に従わなければならないのですね。
その国に来ている以上は・・・
まあ今回は精神力を試された格好になったのですかね。。