私の旅行記というか旅行雑感を書いています。Tripuncleのお店に来る人にも役に立てば嬉しいです。
ただのタイが好き、そして旅が好きなTripuncle代表の旅行ブログです。

時系列の問題があるため、左のバーにあるカテゴリーから読みたい記事をクリック願います。 途中からだと何の記事かわからないといったことが起きますので、カテゴリーから入ったほうが読みやすいです。


2015年12月にネットショップ「Tripuncleアジアの暮らし雑貨」をオープン。関連記事も書いていきます。 Tripuncle アジアの暮らし雑貨にて、少しでも旅に行った気分になっていただけたら、という想いを込めて。。

トリップアンクル縮小版


世界的に豚インフルエンザが流行の兆しです。
怖いですね。

やはり身を守る手段としては、手をまめに洗ったり、うがいしたり、マスクをしたり。
自己防衛しかないですよね。

タイでは、まだ感染者は出ていないらしいですね。
豚からではなく、人から人へ感染することが確かになったようで、メキシカン・インフルエンザと呼ばれることになるのではないかとのことです。

ASEANの保険相会合も開催が決定した模様で、いよいよアジア諸国も動きが慌しくなってきました。

今後タイに限らず、旅行される方は、インフルエンザの動向には注意したほうがよさそうです。

もし運悪く罹ってしまったら、帰国はせずに、その国で治療した方がよいと思われます。
GWと重なり、タイ以外でも海外旅行される方が多いと思われます。
用心には用心を重ねましょう。
せっかくの、休養を兼ねた海外旅行です。しっかり楽しみましょう。


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タイに何度か通ううち、市場の中を通り抜ける列車があると知った。

いつか乗りに行ってみたいものだ。と考えていたが、ついにそれが叶う日がやってきた。

バンコク市内から西の方向へ向かい、列車を2回乗り継ぐ。
その間には渡し舟もある。
なんとも旅情を誘う小旅行になりそうではないか。

ウォンウェンヤイというトンブリーにある駅から、まずマハーチャイへ向かい、そこから船で対岸へ渡り、バーンレムという駅から終点のメークロンを目指すというもの。
そのメークロン到着時に、噂の列車が市場の中を走りぬけるというシーンに出くわすことになるであろう。野菜などの上を列車が通過する。

但し、バーンレム~メークロンは1日に4往復しか列車がないので、狙っていかないといけない。
ウォンウェンヤイ~マハーチャイは1時間に1本から2本はありそうだ。ある意味通勤路線なのだろうか。

いろいろ期待に胸を膨らませながら、まずウォンウェンヤイを目指すことにする。
カオサンからは、506番のバスに乗り込み、チャオプラヤ川に架かる橋を越えて、ウォンウェンヤイへ向かったのでした。
(つづく)



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関連タグ : メークロン,

ただこの日は問題があった。
朝寝坊してしまったのである。
タイに休養に来てるのだから、時間はあまり気にしないので特に問題はないのだが、この日は違った。
何はともあれ、1日4往復しかない列車を捕まえるのだから、出発の遅れは致命的であることは間違いない。

まあ行けなかったら、呼ばれていないということで、仕方がない。
メークロンは無理でも、本数の多いマハーチャイまでなら必ず行けるだろう、と気を取り直す。

カオサンから乗った506番のバスは、川を越えて無事にウォンウェンヤイのロータリーにたどり着く。
しかしここからが問題だ。
駅の位置が非常にわかりにくいのである。
ロータリーをふらふらし、地図を頼りに適当にあたりをつけて歩いていくと・・・
ありました!列車の駅が。
何ともわかりにくい。当然標識などないような駅が。
ウォンウェンヤイ駅

バンコクにもこんな駅があったんだなあ、と感心する。
駅自体が生活臭プンプンの感じで、タイの文化である屋台がホームの上にずらっと並んでいる。
レールは細く頼りないが、本当にここに列車は来るのか?と一抹の疑問を抱きつつ、切符売り場でマハーチャイまでの切符を購入し、待つことにした。
(つづく)
そんなバンコクの都会でありながら、どこかの田舎のような駅の雰囲気を持った、ウォンウェンヤイから
メークロンへの旅が始まる。

あいにく列車は行ったばかり。
後発列車までは、1時間ほど待つことになった。
ああこれで、本日は終点のメークロンまで行ける可能性が少なくなった気がする。

そんな駅にやがて4両編成ほどのディーゼルカーがやって来た。
うち1両はエアコン車両で、残りは非冷房車両。
昔の国鉄時代にも、こんな冷房車、非冷房車の混載編成の列車があった。
今考えると、同じ料金で車両設備が異なると、苦情がくるのでは・・・?当時はどうだったんだろう?
などと考える。

季節は2月だというのに、タイのバンコクはうだるような暑さ。
別料金とわかっていながら、冷房車に乗ることにした。

しかしこの車両、どこかで見たことがあるような・・・。
日本のキハ47系車両にとても似ている。
塗装こそ全く違うが、車内の設備は椅子がプラスチック製であることを除いて、そっくり。
何とも昔の国鉄時代を思い出してしまう・・・。
恐らく日本の中古がタイにやって来たのだろうか。

非冷房車に乗ったタイ人が冷房車に荷物だけを置きに来ていた。
中身は市場で買った、生鮮品なんだろう。
ガシャガシャと氷の入った袋を床に置き、そのまま隣の車両へ行ってしまった。
しかし冷蔵庫代わりに冷房車を使うなんて、なかなかタイらしくてよろしい。

やがて列車はバンコクから、マハーチャイに向けて出発した。


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メークロンを発車した列車は、ガタンゴトンと揺れながら、バンコクを離れて西へ向かっていく。

路盤状況はそれほど良いとは言えず、結構揺れる。
これは車両のサスペンションが悪いのか、それとも路盤状況か。
どちらとも考えられるのだが・・・・。
タイ国鉄のことだから、あんまり当てにならない。

途中で小さな駅がいくつかあり、若干の乗降はあるようだ。
ホームに店があったりする駅や、何もない駅もある。

ずーっと単線区間が続いていて、何回か列車の交換があった。

沿線の風景は、まず、列車と家がとても近く感じる。
軒先に触れそうまでは行かないが、線路からいきなり家の敷地に入れたりできそうな家もあって、実際の生活では、線路は生活道路として使われているのかもしれない。

なんとなく危険かな。とも思ったりするが、それほど過密ダイヤなわけではないので、住民もちゃんと注意でいているのだろうか??などと疑問は尽きない。

大きな寺(ワット)の脇を掠めたり、畑の中を走ったりすること、バンコクから約1時間。

終点のマハーチャイ駅に列車は滑り込んだ。
(つづく)


タイでもバンコクを離れ、こうした田舎まで来ると、タイ語のみしか通じません。
そこでこの本があると、心強く思うことでしょう。
↓↓
シリーズ300万部突破!旅の指さし会話帳
マハーチャイ駅構内

これは列車の中から撮影した写真です。
マハーチャイ駅の構内です。

駅に滑り込むと、いきなりこんな光景が目に飛び込んできてびっくり。

ここが終点のマハーチャイと聞いて唖然。
駅というより、市場の中に列車ごと放り込まれた感じになってしまった。

まあ便利といえば便利かもしれない。
列車を降りたら、そこはすぐに市場。雨の日も関係なくお買い物ができます。といったところだろうか。

もうここで市場の中を走る列車の雰囲気は十分に味わえたかのように思えた。
が、この先本当に市場の中を、いや、市場の商品の上を走る列車の雰囲気を味わなければなるまい。

しかし、駅で時刻を確認した結果、もう今日は時間的な問題から、よい接続列車がなく行けても帰ってこれなくなる可能性もあるので、遭えなく中止ということになってしまった。
次の機会に必ずや、リベンジを誓う。

今日はマハーチャイの街をぶらついて、バンコクへ戻ることにする。
タイでは予定通りにはいかない。これがタイの旅行方法の一つなのであろうか。
(つづく)

タイでもバンコクを離れ、こうした田舎まで来ると、タイ語のみしか通じません。
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マハーチャイ駅の様子

田舎の町といった風情のマハーチャイ。
特にこれといって見所などない。

駅を出てみると、市場が広がっており、いろいろな食材を扱っているようだ。
駅を中心にして市場が形成されているといった格好。

少し行くと、川に出た。
この川の向こうには、さらに線路が延びているはず。
駅はどのあたりだろうと向こう岸を見やるが、わかるわけはない。

渡し舟が出ていて、かなりの数のお客が乗り込み、出港を待っている。
この対岸にもちょっとした町があり、みんな買い物に来ているのであろう。
次に来たら、必ず向こう岸へ行ってやろうと思った。

さらに歩くと、大きな道があって川のところで行き止まりになっていた。
そこには、ソンテウやらタクシーやら来ていて、バンコクからと思われる、路線バスのようなものも停まっていた。
番号は141と記載があったが、なんだか怪しい。お古を使っているのだろうか・・・。
確かな情報ではない。

駅周辺を1時間ばかりうろついてみたが、めぼしいものはなかった。
ただ、セブンイレブンがあったのには、驚いた。
人口も少ないわけではなさそうだったので、当たり前かとも思うが・・。

というわけで、マハーチャイ探検は終了し、バンコクへ戻ることになった。
リベンジを誓いながら。


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前回は、朝寝坊という凡ミスを犯したので、終点のメークロンまでたどり着けなかったが、そのリベンジとして、今回はしっかり早起きをして、向かうことにした。

今までは、カオサンに宿を取っていたが、今回は少し宿をかえてみようと、伊勢丹のすぐ近くのホテルに泊まった。

ラチャダムリ通りから、164番のバスに乗り込み、まずウォンウェンヤイを目指す。
本日は日曜日とあって、道路はすいている。
それでも、伊勢丹前からウォンウェンヤイまでは、40分くらいかかったのだろうか。

前回に偵察して、駅の位置もばっちりわかっているので、迷うことなく駅に到着。
前に来た時と、ほとんど様子は変わっておらず、なんだか安心した。

今日はこのまま行けば、マハーチャイから川を越えて、13:30発のバーンレム発メークロン行きに乗れるはずである。

やがて列車がホームに到着して、リベンジのメークロン行きの旅は始まったのでした。


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またまたやって来ました。
マハーチャイ駅の様子です。
列車の窓からこんな光景が見られるのです。
これは映画のセットなんかじゃありません。
本物の、本当に列車の運行のある駅の構内です。
店の人は、どんな感じなんでしょうか?

マハーチャイ駅の構内市場

駅の構内はほとんど市場なので、出入りも自由です。
ホームやら、ここは線路上だろうね?という所にも、タイの文化である屋台があって面白いです。



こちらは、駅近くの屋台というか食堂ですね。
トゥクトゥクが故障したらしく、一生懸命に修理していました。
マハーチャイの食堂

この食堂で、軽くバミー(ラーメンのようなもの)を食べましたが、タイの屋台ではインスタントラーメンも作ってくれるのですね。
インスタントラーメンがショーケースにあったのを、タイ人が注文していました。
汁は屋台のオリジナルを使用している様子でしたが、詳細は確認できずでした。
流石は外食文化のタイだなあと感心しました。


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マハーチャイ付近の光景

さていよいよ、マハーチャイから船で対岸のバーンレムへ渡り、1日に4本しかない列車にのって、列車が走り抜ける市場へと向かう。

マハーチャイからバーンレムへの連絡船は、大勢の人が乗る渡し舟とは違う別の場所から出発となる。
これがまたわかりにくい。
ここは本当に船着場なのか?と疑いたくなる市場の中を突き抜けて、川へ出ると、1艘の小さな船が居た。
よく見ると、1日4本の時刻表が掲げられており、これが鉄道用の連絡船であることい間違いはなさそうだ。
バーンレムへ行くのか聞いてみると、そうだとのことで、一安心。

やがて連絡船は出港した。
大勢の人が乗降する、一般客用の渡し舟の船着場は対岸に見えるが、この連絡船はそこへは向かわず、ぐっと舳先を北寄りに向けた。
しばらく走り、何もない対岸に到着。

船と桟橋には段差があり、足のわるいおばあさんが船から降りるのに手を貸してあげる。
乗ってる客は少ないので・・・・。

降りてみると、そこは線路の延長線上であり、バーンレム駅へと続く道の入り口であった。


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バーンレム桟橋

この光景は、マハーチャイから着いた、船着場です。
対岸にはやや大きな船も停泊していたりします。
なお、対岸にある廃墟のような建物は何か?よくわかりませんでした。

ここに着いたのは、マハーチャイからの連絡船で来た人のみ。
全部で6人くらいだったでしょうか。

一人が英語で話しかけてきた。
聞くところによると、市場の中をすり抜ける列車に乗るために、わざわざ来たわけではないようだった。
そもそも、そんな駅があるのは当たり前で、珍しくも無いといった様子だった。
なるほど、タイではそのような光景はなどは、日常的なものなのであろうか。
ふと疑問がというか、本当にこの先に進んでも大丈夫なのだろうか?という不安感が浮かんだが、ここまで来た以上、最後まで行ってみるしかないだろう。

それにしても、のどかな光景だ。
9月で雨季というのに、なんとなく晴れてきた。
雨よりはましか、そんなことを考えるうちに、2両編成の気動車が入線してきた。


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バーンレム駅

この写真はバーンレム駅。
先日書いた記事メークロンへの旅 その10


にある船着場の写真の位置から、振り返るとこの駅がある。

改札などはなく、誰でもいつでもこの駅には入ることができる。
切符売り場はあって、一応有人駅ということになるのだろうか。
タイでは、この手の作りの駅が多いような気がするが、気のせいだろうか。
駅自体が商店のような体系をとっているという風にも思える。
日本で言うと、どんな感じか??などと、次から次へと想像が膨らむ。

そうこうしているうちに、発車の時刻が近づく。
1日に4回しかないうちの3回目の発車となる。

このバーンレム~メークロン間は1閉塞なのだろうか。
時刻表によると、1つの編成が行き来しているだけのように思える。
よって、途中で反対列車との待ち合わせはない。

ブォーとディーゼルエンジンを高らかに、マハーチャイを発車。
ほぼ時間通りの定刻だ。

やっと、夢にまで見たメークロンへ向かうことかできる。



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バンコクからの小旅行。
いよいよ佳境の、メークロン市場が近づいてきた。

メークロンへ進入中

バーンレム駅を発車した2両の気動車は、何もない田園風景の中を走る。
聞くところによると、塩田が多いとのこと。
確かに、水が溜まっている畑や、もうすでに干上がっている畑もある。
だが、私の目にはどれが塩田なのか、さっぱり、皆目検討が付かない。
どれもこれも塩田に見えるし、普通の何かを作っている畑に見えなくもない。

途中、周囲に何もない駅で停車。
でも確かに乗降はあるようだ。
こんなところで降りて、果たしてどこにいくのだろうか?
昔、旅した北海道の、今は無き深名線を思い出す。
確かあの線も、こんな風に何もない所に駅があった。でもあちらは乗降はなかったような・・・
しかし光景は似ているかもしれない。昔の記憶はいい加減なものである・・。

そんな中をずっと走るうち、列車は終点のメークロンへ近づいた。
一番前に移動して、撮影開始。
車掌も気を利かして、前に来るようにと言ってくれた。
すると、最初に掲げた写真のような光景が、飛び込んできたのである・・・
(つづく)


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終着のメークロン駅
メークロン駅

市場の中を本当に走り抜けた。
タイには本当にこんな所があったんですね・・・。
下の写真は列車の一番前から撮影。最徐行でメークロン駅に進入中。
メークロンへ進入中
線路ギリギリに、商品である野菜などが置かれているのがお分かりいただけるだろうか。
気動車は線路の幅より広い。
この間はトイレ使用は固くお断りであろう・・・。理由は言うまでもない・・・・・
ということは、列車が商品、すなわち野菜などの上を走っていることになる。
列車がやって来るのは、一日に4往復だから合計8回、この区間を列車が通る。
その時だけ、こうしてよけて列車を通すことになるのである。

終点のメークロンの駅も、のんびりムードが漂う。
駅の中にも当然商店というか屋台があって、普通に営業中。
場所代は国鉄に払うのだろうか・・・・

バンコクからおよそ2時間半。
バンコクからちょこっと離れただけで、この光景である。
タイ、いやバンコクに何回も行き、ちょっと観光にも飽きてきたな・・と感じたら、こんなところに来てみるのも一つの考えとなるのではないだろうか・・・。
タイの観光ポイントとなり得る場所ではないだろうか。

メークロンにホテルはちょっとチェックしていなかったので、あるのかないのかはわからない。
タイ人向けの宿はあるかもしれない。

いずれにしても、バンコクから日帰りが可能なので、それほど心配することもないだろう。
(つづく)

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メークロンの果ては川

ここで、メークロン線の線路は途切れていました。
写真ではわかりにくいですが、この先はまたしても川。
路線延長は・・・・・?ないでしょうね。
何せ1日4往復。しかも同じ車両が4階往復するだけの1閉塞。

利用者もそれほど多くはない。
むしろタイではバスの方が発達していて、バス網はすごいことになってるので、あんまり列車というのは利用されていないのかもしれない。
特こういう路線では、利用客は限られたことになるだろう。

ウォンウェンヤイ~マハーチャイの区間では、通勤線のためか利用者も多いようで、いずれはウォンウェンヤイまで、チャオプラヤー川の向こうのサパーンタクシンからBTSが延伸されることが決定されている。
バンコクのBTSとしては、初めて川を越えての運行となり、ウォンウェンヤイのロータリー周辺も様変わりするのかもしれない。
これによって、このメークロン線もどんな影響を受けるのだろうか。

今後のタイの、いや、バンコクの交通網の変遷にも、注目しておきたいものである。

次回は再度、メークロンの駅から列車の発車の様子をお伝えします。
(つづく)


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ここはタイです。

写真ははメークロン駅の脇にある踏切。
廃線跡ではありません。現役のレールです。
列車が来ない間は、このように線路は完全に商店というか、屋台によって塞がれています。
これが通常の状態。↓↓↓↓↓
メークロン市場

列車の発車が近づくと、このように駅員が立ちます。
商店というか屋台は、このように一斉にテントをたたみ、商品を片付けてというかどかして、列車がちょうど通れるだけのスペースを空けます。↓↓↓↓↓
メークロン その1

いよいよ、バーンレム行き列車が発車。
踏切を通過し、みんな列車が通るのを今か今かと待っています。
そんな中を列車は最徐行でゆっくりと進行。↓↓↓↓↓
メークロン その2

列車が自分の屋台の前を通過すると、
「やっと行った~」とばかりに、一斉に今度はテントを広げ始めます。
これがまた素早いのです。ささっと。
その後は、また線路の上を屋台が塞ぐ、いったいここは市場なのか、線路なのか、よくわからないという、いつもの状態に戻るわけです。↓↓↓↓↓
メークロン その3



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メークロン駅で撮影をしていたので、バーンレムへ戻る列車が行ってしまった。
次の列車は、最終の15時30分。
しかし、これは作戦通り。
バスを使えば、メークロン線の列車を使うより、早くバンコクへ戻れる。

今居るのは、サムットソンクラーム県というところで、バンコクからは70キロくらい。
バンコクの西方に位置している。

タイはバス網が発達しているので、バスでバンコクへ戻るという算段である。
地図もないし、場所もよくわからないが、バンコクへ行くバスはこの付近から発車しているという情報を得ていたので、列車発車の前に、街を一回り散歩して、バスターミナルらしき場所を発見。

列車を見送った後、そのバスターミナルへ戻る。
バスはたくさん停まっていて、よくわからないので、窓口らしきところへ。
これがまた、簡易作りというか変な窓口で、子供用かと思うくらい低い。
かがんで窓をのぞくより、立ったままでも、木枠の頭越しに係員と話ができてしまうのであった。

英語は通じないので、タイ語でバンコクへ行きたいと伝える。
(バンコクよりもクルンテープといった方が通じる)
すると、値段を言われて切符を手にすることができた。
どのバスか聞くと、丁寧にバスまで案内してくれた。ありがとう。
念のため運転手にも、間違いなくクルンテープへ行くことを確認。
やれやれ、あとは黙っていれば、バンコクに戻れるだろう。

バンコクの南バスターミナルまでは、2時間くらいだろうか。
(つづく)


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メークロン駅近くのバスターミナルから発車したバスは、ほどなく高速道路のような道路に入った。
おそらく一般道なのだろうが、中央分離帯もあって、片側2車線、側道もある。
そんな立派な道路を、バンコクへ向けて走る。

途中のなにもないようなところで、客が乗ってくる。
どっから来たのだろう・・・
道路を横断できるような歩道橋は周囲になく、行きか帰りかどちらかは必ず道路を横断しなきゃならないはず。
どうしているんだろう・・・?と心配になる。
こんな高速道路のような道を歩いて渡るのは、かなり危険だろう。
夜なんかだともっと危険度が増すのではないだろうか。
タイの不思議である。

その後バスはマハーチャイに寄った。
さっきウォンウェンヤイから着いた駅のあるところである。サムットサコーン県になる。
ここのバスターミナルで小休止。
運転手がバスを停止させてから、サイドブレーキも引かずに運転席を離れ、バスが少し動いて車輪が縁石にドンとあたり、ヒヤッとした。
流石はタイの運転手。のどかでよろしいが、少し怖い。

また同じような、高速に似た道を走り、バンコク市内へ。
見覚えのある風景になってきた。
バンコクの市内バスも見かけるようになり、やがて南バスターミナルへ到着。
メークロン線の旅は終わった。

現在バンコクの南バスターミナルは、西よりに移転。
市内バスは、新バスターミナルまで延長されている模様だが、要確認を。


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先日、メークロン線紀行を書き終えたところです。
記事の中では、ウォンウェンヤイ駅へは164番や506番のバスで川を越えていましたが、
このたび、2009.5.15にBTSがサパーンタクシン駅から、ウォンウェンヤイ駅まで延伸開通しました。
といっても仮開通だそうで、正式には8月らしいです。
8月までは、この新区間は無料開放とのことです。

これで、メークロン線への旅へ出発するのも、比較的楽になったのではないでしょうか。
BTSでウォンウェンヤイですからねえ。
これは助かります。
サイアム周辺に泊まっていても、スクンビットに泊まっていても、BTSが使えます。
カオサンからだと、やはり506番のバスが便利ですね。
これで、バンコクのトンブリー地区も何か発展してきたら面白いです。

マハーチャイまでは通勤線ですので、BTSとの相互乗り入れなんかも実現したら、今度はマハーチャイも、もっと変わっていくのではないでしょうか。
今後に期待しましょう。

バンコク市内も、昔は本当にバスしかなかったので、渋滞でサイアムからカオサンまで2時間かかったこともあります。
そんな渋滞は日常茶飯事だったのですが、今はBTSの恩恵を受けられるところは便利になったはずです。
とは言っても、渋滞は相変わらすのような気が・・・・。
現状はどうなんでしょうか???

関連タグ : BTS,

もう10年以上前に、ラオスの首都ビエンチャンに行った。
あれから、月日が流れてしまったので、だいぶビエンチャンも変わったのではなかろうか。
10年ひと昔というくらいであるのだから・・・。

当時は、やっとタイのノンカイからメコン川に橋ができて間もないころだったと記憶している。
ベトナムのハノイで、ラオスのビザを申請して、1週間近く待たされて、えらく時間をもてあました記憶もある。
ベトナムのハノイから、飛行機でビエンチャンに降りる時は、窓からの光景を見て、何も無いとは聞いていたが、本当に何もない所だなあと、少々不安になったのを覚えている。
窓からは、ただの荒野が見え、ベトナム戦争の時か何かに爆撃で空いた穴?なんだろうか、が地上に見えている。
そんな中を飛行機は高度を下げていき、ビエンチャンの空港に接地した。

今はビエンチャンの空港は新ターミナルかもしれない。
当時は新ターミナルは建設中であって、飛行機から容赦なく降り注ぐ太陽光線の中を、歩かねばならなかった。
国際線とは思えない、非常に簡素な感じのする、ターミナルに入り、入国審査ということになった。
入国はなんの問題もなく行われたが、とにかくなんだかえらい国に来てしまったと思ったものだ。
まだ、この時点ではラオスのよさはわかっていなかったので・・
(つづく)

さて、ラオス入国を無事に果たし、市内へ向かうことになった。

この時は、非常にラッキーなことに、ハノイからのベトナム航空便に、日本人の一団、それもJICA関連の方々が乗っていて、ハノイの空港で「日本人ですか?」とあちらから声をかけてくれた。
その方々がチャーターしているマイクロバスに乗せてもらえることになった。
総勢8人くらいであっただろうか。
聞くところによると、皆さん会社の社長さんで、アジア方面の視察に来ているとか。
建設会社の社長さん、うどんチェーンの社長さん、中古車輸入販売の社長さん、などなど皆さん大変なお方達なのでした。

その偉い方々のバスに一緒に乗せてもらい、市内へ向かった。
日本語のできるラオ人のガイドさんも一緒だ。
市内へ至る道の光景をみて唖然とした。
とにかく田舎なのである。ぽつぽつと家はあるが、当然高い建物などない。
ある地点でガイドさんが、
「ここがビエンチャンの、言ってみれば繁華街ですねえ」と案内。
みんな唖然としている。「ここが繁華街・・・・」
何しろ、高い建物はなく、ちょこっと映画館があり、人はあまり歩いていないのだから。
程なくして、バスはラオプラザホテルに到着した。

ラオプラザホテル。
ここは街で一番の高級ホテルとのことで、現在でも稼働中である。
社長さんたちはここに宿泊。
私はといえば、他の安宿探しである。ガイドブックから目星は付けてある。
幸いなことに、このラオプラザホテルのすぐ近くだった。

社長さんたちから、晩御飯のお誘いを受けた。
きっとよい所に行くに違いない、高かったらどうしよう・・・・そんな気持ちを見破られたのか、
「いいよ、おごりだよ。大丈夫大丈夫」と言われてしまった。
何だか気恥ずかしい・・・。

私はさっさと安宿を見つけて、そこに投宿した。
名前は忘れたが、ラオプラザから徒歩で3分くらいのところだったと記憶している。
今はあるのかわからないが、中華系の老夫婦の経営する、小奇麗な宿であった。当然エアコン付き。

晩御飯はビエンチャンでは結構有名なレストランということで、ラオス料理を堪能。
やはり美味しいご飯は幸せな気分になるものなんですね。
いろいろな業界の社長さんたちと、楽しい歓談の時間を過ごさせてもらい、非常に感謝です。

社長さんたちは、翌々日くらいにバンコク経由で帰国された。
その後連絡を取ることはなかったが、今となっては、またお礼を言いたい気持ちです。
もう10年以上も経ち、ご記憶にないかもしれませんが、もしこのブログ読んで思い出していただけたら、コメントしてくださいね。
確か西日本方面の方々だったと記憶しています。
建設会社の社長さんとか、うどんチェーンの社長さん、中古車販売会社の社長さん、いろいろな偉い方がいらっしゃいました。

ビエンチャンでの思い出です。
時期は1998年4月から5月ごろですね。
社長さんたちの御一行が帰国された後、私はビエンチャンを気に入り、しばらく滞在することになった。
その後、以前に書いたラオスの記事につながっていくのである。

ビエンチャンでの滞在は、とてものんびりしたものであった。
ベトナムの喧騒から、ラオスののんびりムードに来てしまったものだから、気分的に緩んでしまい長く滞在する要因となっていった。

1998年現在は、ラオス・ビエンチャンの街にこれといって見るべきものもなかったので、ただただメコン川をみて過ごした。
観光といっても、凱旋門のような門を見に行ったり、ちょっと郊外にあるブッダパーク?という寝釈迦仏のある公園に行ったりするくらいであった。
街を歩いていてもベトナムと違って、物売りやらの攻勢も全く無く、逆に拍子抜けするくらいであった。
4月の終わり頃であったせいか、日中はビエンチャンの街を歩く人影もまばら。
それでもラオスに西洋人のツーリストは居た。それもけっこうな人数。
西洋人のツーリストはクーラーの効いたカフェに溜まり、そこで上映される映画をみたり読書をしたりして過ごしているようであった。
流石は休養というものを、よく理解しているなあと感心した。
私もそんな雰囲気に飲み込まれて、どうしても重い腰がさらに重くなってしまうのであった。

かれこれ10日くらいは、ビエンチャンで休養してすごした。
出会った日本人と「ラオスにも綺麗な海があったら申し分ないのにね」とよく話したものである。

メコン川対岸のタイの様子も遠目に見ることができる。
それはまるで二国間の経済の差を現している。
対岸には立派なビルも見える。それもたくさん。
こちらにはビルはない・・・・。
ラオスの人々は、対岸のタイのことをどう思ってるのだろうか。
つくづく、国境ってのは面白いなあと感じた。

いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。

これまで、タイや、その他周辺国の旅行記を書いてきました。
ほんの少しは旅行情報を提供できたかとは思います。
タイや、東南アジアの国々に限らず、情報はどんどん時代の変化と共に変わっていきます。
なので、ああ当時はこんなんだったんだなあ・・・くらいの軽い気持ちで読み飛ばしていただけたら幸いです。

このあたりで、私がタイ国内で行った所はだいたい網羅してしまいました。
よって、また寄り道シリーズにしたいと思います。
タイから行ける目的地ということになりますね。

まずはベトナムから始めようと思います。
これまた、ずいぶん昔のことになり、情報はかなり古いので、詳しい宿名などは書かず、
単なる私の印象をまとめるということで、筆を進めていきたいと思いますの。
どうか、よろしくお願いいたします。

1998年にベトナムに行っています。
遠い昔のことであり記憶も曖昧なのですが、思い出す限り書いてみたいと思います。

そのため、ブログの名称も変更しました。
”私の極楽旅行日記”

次回からは寄り道シリーズのベトナムです。
(寄り道 ベトナム)
1998年のことでした。
当時は、バンコクからベトナムへ旅に出てみました。
特に何も考えずに無計画な旅です。

ベトナムの国の情報はいろいろ入っていましたが、まあとにかく行ってみて自分の目で確かめるしかないと、思っていたので、気合を入れての出発です。

今まではなかなかタイから脱出できていなかったので、今回は思い切りました。
特にタイの首都バンコクは、私にとって居心地がとてもいいのです。
いつも来るたびに、他の土地へ行くのが億劫になり、ついついバンコクの滞在で旅が終わるということも、何度も経験しました。情けない限りです。

今回は、ホーチミンへの片道航空券は、エールフランス航空を選択しました。
一番値段が安く、ホーチミン到着の時間帯も悪くなかったので、選んでみました。
通常であれば、タイ航空かベトナム航空になるのでしょうが、何故かバンコクからの以遠権を持つエールフランス航空が一番安いチケットを提供していました。
ちょうど、日本からバンコクへ来る時の、ユナイテッドやノースウェストのアメリカ系航空会社と同じような感じですね。

フライトは順調で、ホーチミンへの降下を開始。
飛行機の窓から地上を見た第一印象は、何もないなあ~です。
見渡す限り、田園風景です。農業に適した肥沃な大地が、延々と広がる。そんなイメージでした。
思ったより田舎かもしれない・・・・。

物を知らない私は、ベトナム=タイみたいな勝手なイメージを持っていたものですから、尚更です。
時折、ベトナム戦争の爆撃で空いた穴でしょうか。
大きな穴が空いて、そこに水が溜まったような溜池がいくつか見えて、飛行機はホーチミンの滑走路にタッチダウンです。

いよいよベトナムの旅がスタートです。


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無事にエールフランス機は、ホーチミン(旧サイゴン)の長い滑走路に着陸。
駐機のためのスポットへ向かいました。
機内の私は、初めての国に訪れるという不安と期待が入り混じったなんともいえない気分でした。
「なんとかなる」「やばいかもね」という二つの気分が心の中でぶつかり合って戦っています。

飛行機を降り、ベトナムへの入国審査は何の賄賂も要求されずにめでたく通過。
(当時はビザが必要でしたが、現在は15日以内の滞在ならノービザでOKのようです。但しパスポート残存期間が3ヶ月必要です。情報は流動的ですので、旅行の前に必ず確認を)
税関はあってなきものです。

いよいよ本当にベトナム第一歩です。
ところが、飛行機を利用しない一般人が入ってこれるエリアと、飛行機から降りて来た者しか入れないエリアの、ちょうど真ん中の境界線を挟んで、むこうとこちらでは、まったく別世界のように見えました。

私のいるこちら側は、飛行機を降りた客がごく僅かだったのか、他の客はツアー客の外人が多かったせいなのかわかりませんが、皆あっという間に居なくなり、妙に閑散としていて、残されたのは私ただ一人というような状況になってしまったのでした。
一方、境界線の向こう側は黒山の人だかりです。皆一様にこちらを見ており、その見ている目、目、目は、全て私に注がれているように感じ、その視線に釘付けにされた私自身は身動きが取れない状況に陥ってしまったのでした。

もしこのままあのラインを強行突破して、空港の外に出れば、あのたくさんの集団にあっという間に囲まれ、偉いことになりそうな予感が・・・・。
皆、私が出てきたら、どうやって自分のタクシーに乗せて、ホーチミン市内のマージンの入るホテルに誘導するか、ということを考えているに違いありません。
非常にギラついた目で、まるでカモが来たぜ。という風な目つきで私を見ていました。

さてどうやって、ここをくぐり抜けてホーチミン市内へ向かったらいいのか、思案のしどころというか、一つの試練となったのでした。
(つづく)