私の旅行記というか旅行雑感を書いています。Tripuncleのお店に来る人にも役に立てば嬉しいです。
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2015年12月にネットショップ「Tripuncleアジアの暮らし雑貨」をオープン。関連記事も書いていきます。 Tripuncle アジアの暮らし雑貨にて、少しでも旅に行った気分になっていただけたら、という想いを込めて。。

トリップアンクル縮小版


ヤンゴン市内からてくてく歩くこと約1時間。
ようやく日本大使館に着きました。
パスポートの増補に来た旨告げて中へ入ります。

こんなところで、増補などしてほしくないような雰囲気でした。
大使館の係の人は日本人の方でした。
少し待ちましたが、増補はあっという間に完了です。
お値段は20ドルくらいだった気がしますが、もう少し安かったのかもしれません。
1999年の値段ですので、もしこれからミャンマーで増補される方は、確認してくださいね。

帰りは、流石にもう1時間歩いて帰る気になれず、バスを利用です。
といっても、路線図などないので、適当なところまでは歩くことにしました。
またしても、てくてく・・・

路線バスは、何故か日本の中古車が多く、塗装もそのままで走っているので、あー○○バス!
といった具合にすぐにわかります。
関東バス、西武バスなどをよく見かけました。
どうして、どんなルートで、これらのバスが日本から渡ってきたのか、まったく不明なのですが、日本の中古バスをミャンマーのヤンゴンで見かけるのは、妙な気分でした。
だって、方向幕やロゴまで日本語のまま残っているのですから・・・。

続きはまた次回に書きます。
日本大使館の帰りは、バスに乗ることにしました。
しばらく歩いて、3分の1くらい来た所でしょうか。
ミャンマー人が何人もたむろしている場所がありました。

バス停のポールこそないものの、なんとなくここはバス停だなあと感じたので、その群れに混じって待つことにしました。

すると何台もバスはやって来ては停まるのですが、行き先表示がミャンマー語のため、全くわかりません。
何台もやって来るバスを見ては、必死にスーレーパゴタへ行くバスであるという手掛かりを見つけ出そうとする私。
そんな私の行動を見ていたのか、ミャンマー人の一人が話しかけてきました。
「どこへいくのか?」とたどたどしい英語でした。
スーレーパゴタへ行きたいのだと、こちらもたどたどしい英語で返すと、OKとのこと。

しばらく待つと次のバスがやって来ました。
「これに乗ろう」と言うので、言われるがまま乗り込みます。
バスは発車すると、車掌がやって来て、料金を言いました。
すると、その私を案内したミャンマー人が、二人分のお金を払ってくれたのです。
いくらか聞いて私が払おうとしても、受け取りません。

バスは10分くらいでスーレーパゴタへ到着です。
降りてから怪しい店に案内されるのかと思いきや、そのミャンマー人は
「じゃあ、さようなら、ごきげんよう」と笑顔で言って去っていきました。

ミャンマー人の親切ぶりは、話には聞いていましたが、本当に自分がそれを受けると、本当に嬉しいものです。怪しい店に案内されるのでは・・?ということを思ってしまった自分の心を情けなく思いました。
自分もこういう行為を見習わなければ・・・と清々しい気持ちで宿に引き上げたのは、言うまでもありません。



ヤンゴン市内は、だいたいフラフラしたので、だいぶわかってきました。
しかし、日中は暑いので、あんまり長時間は歩けません。
そこで、いろいろなお店を探すことになるのですが、その中でもユニークだったのが、マクドナルドのミャンマー版です。

当然本物のマックではありません。
偽物です。
しかし入口のドアには、あのマックのMを模ったマークが堂々と描かれておりました。

店内に入ると、なかなかの盛況ぶりです。
地元のミャンマー人も多く利用しているようでした。
ハンバーガーを頼んでみましたが、やはり本物のマックとは似ても似つかないような味付けのハンバーガーでしたね。

名前と雰囲気だけは、マックそのものでした。
なかなか面白いです。
他にも、ダンキンドーナツに似た店がありましたね。
こちらも似たような感じです。

2009年現在、地球の歩き方を見ると、マックバーガーと、ミスターJドーナツという店があるとのことですので、マックはあって、ダンキンドーナツは名前が変更されたか、私の思い違いということになりますね。いずれにしても2つとも残っていたので、よかったです。

ミャンマーに行ったら、この偽物のショップに入ってみると、面白いですよ。

ヤンゴンの滞在にもそろそろ飽きてきました。
完全に飽きたわけではないのですが、そろそろ他の町も見たくなってきたのでした。
居ようと思えば、このままヤンゴンのみで終わってもいいのですが、それではこのミャンマーという国に限っては勿体ない気もしました。

そこで、次の目的地をマンダレーにすることに決めました。
マンダレーへの行き方としては、列車、バス、飛行機などありますが、今回はミャンマーの列車に乗ってみようと思いました。
というもの、保線がしっかりされていないので、列車が飛ぶ!という話を聞いていたからです。

列車が飛ぶとは、保線が完璧でなくて路盤が弱っている上に、客車のサスペンションが完全に駄目になっているために、客車がよく跳ねるということらしいのです。
その跳ね具合が、すごいと聞いていたので、どんなもんだか怖いもの見たさに体験してみたいというのもありました。

バスでも、日本の中古バスが当たる確率が高いので、どんなバスが来るのかという楽しみ方もあるのですが、ここは一つ列車の移動を試みてみることにしたのでした。

早速ヤンゴン駅で切符を購入。
アッパークラスを予約です。
アッパークラスは、タイの2等座席のようなものらしく、リクライニングもしてエアコンも効いているとのことでしたので、まあ遅れても苦痛ではないだろうという結論からでした。
結局、同じ東京ゲストハウスに泊まっていた、Fさんも同行することになったのでした。

この先厳しい旅路が待ち受けているということも知らず・・・
二人はマンダレーへ旅立つことにしたのでした。
東京ゲストハウスを後にして、次の街マンダレーへ旅立ちました。
マンダレー行きの列車は、18時にヤンゴン中央駅を出発し、翌朝の7時にはマンダレーに到着する予定でありました。
ところが・・・・

時間通りに出発するとのことでしたので、それまでには歩いて駅に到着。
少し買出しをして、水とちょっとしたお菓子を手に入れ列車に乗り込みました。
車内は、タイの2等エアコンの座席車両とほとんど同じ作りでした。
一応エアコンは軽く効いており、座席も一応リクライニングすることを確認し、少し安心。
やがて列車は、ヤンゴン中央駅を出発しました。
とりあえず、発車は時刻どおりですね。

しばらくは、市街地を走っているのか、家の灯りもいくらか見えていましたが、やがて闇の中を進むことになりました。
列車のスピードが上がってくると、噂の縦揺れが始まりました。
これはインドの列車よりひどいかも・・・というのが正直な感想です。
まず、客車自体のサスペンションが弱りきっています。
それに加え、保線状態も万全とは言えず、おそらくレールが波打っているのでしょう・・・
そのため、列車がガシャンと縦揺れするのです。
こりゃ脱線するのでは・・・と心配になるくらいです。

座っていても、お尻が座席の座面から離れそうになるくらいの激しい揺れです。
トイレに行くのは厳しいし、とても眠ることはできなさそうです。

そんな状況を味わいながら、夜も更けていったのでした。
マンダレーへ向けて、ヤンゴンを出発した列車は、順調に進んでいるようにも感じられます。
しかし、揺れは相変わらずひどいもので、縦揺れ横揺れ、時にはガシャンという妙な音を立てながら列車は進んでいきます。

このガシャンは、おそらく台車のショックアブソーバーが完全に機能していなくて、台車に付いているバネのみで列車は走っている状態なので、バネの伸び縮みをショックが吸収できず、バネがビヨーンと伸びきってから縮むので、こうゆう現象というか音が鳴るのでしょう。

ゴトゴトゴト、ガシャン(揺れ)といった状況が続くので、とても眠れません。

それでも比較的速い速度?で列車はマンダレーへ向けて走っていきます。
距離にしたら600km以上あるので、東海道線で言うと、東京~大阪は楽に越えますね。神戸くらいまでになるのでしょうか。
そう考えると、結構長い距離を行くことになるのでした。

夜も日付が変わる12時頃でしょうか、列車はある駅で停車しました。
停車して1時間が過ぎました。走行していないので、当然に揺れがなくなり睡魔が襲ってきました。
うとうとと少し眠りました。

駅名こそ覚えていませんが、この駅に途方もなく長い時間居ることになるとは・・・
名前のわからない、田舎?の駅に停車して、何時間が過ぎたのかわかりませんが、走行のあのひどい揺れが収まったのをいいことに、よく眠れそうです。

うとうとしては、また目が覚めるのですが、一向に出発する気配がありません。
少し眠ってしまった後、パッと目が覚めては、列車が動いていないこと、要するに周囲の景色の変化がないかを確認するのですが、まったく変わりません。

何が起きたのか?
反対列車が脱線でも起こして、その復旧に手間取っているのか?。。。

想像は悪い方へ考えてしまいます。
当然、日本のように案内放送もありませんので、状況は全く不明のまま、夜が明けようとしていました。
周囲のミャンマー人の乗客は誰一人として、文句を言うでもなく、いつものことのように思っているらしく、特に目立つ動きをするわけではありません。
ついに夜が明けて、周りが明るくなりました。

またいつの間にか眠ってしまいましたが、今度は暑さで目が覚めました。
エアコンは止まっています。
おそらく夜のうちに止まっていたのでしょうが、夜は涼しくて気が付かなかったのでした。

あまりの長時間停車。
もう朝の7時になりました。
マンダレーに到着の予定時間です。ここはどこなのでしょう?
ミャンマーの国内には変わりないのですが、どこかは確定できません。

あまりに長く止まるので、食料の調達に下車してみることにしました。
昨晩からある駅で停まったまま・・・・
朝の7時だというのに、まったく動く気配なし。
いったいいつ発車するのだろう??と思いつつも列車を降りて探検です。

列車は客車の編成なので、ゴトリと急に動かれたら、手動のドアから乗り込めばいいだろうと考え、なるべく客車から離れずに行動することにしました。
こんなところで置いていかれたら、ビルマの竪琴の現代バージョン風?になってしまうことは間違いないですからね。

とりあえず、近所の子供と思しき人々が、ちょっとしたお菓子を売っていたので、それを購入して、昨晩買ってきた水と一緒に朝御飯としました。
それにしてもまだ発車しないので、もう一眠りです。
うとうとして、はっと目が覚めてみても、まだ外は同じ光景のまま・・・・
かなりショックでした。

いい加減に、僕はもうこのままここから出れないのじゃないか?
と真剣に考えたものです。
どこかで何か良くないことが起きてこの列車だけ、孤立して取り残されているとか、先行列車が事故を起こしているとか、国に何か良くないことが起きているのか・・・?
などなど、想像はどんどん膨らんでいきます。

列車の付近に、これ幸いと群がっている物売たちも、売るものがなくなったのか、飽きてしまったのか、日陰に座り込んでしまっています。
まったくやる気を失ってしまったようです。
日も高くなった10時ごろ、ようやく汽笛が聞こえ、ゴトリと汽車はようやくマンダレーへ向けて出発しました。
名も無き田舎の駅で、ずいぶんと長い時間停車していましたが、結局何の案内もないので原因すらわからずじまいでした。

名も無き駅では、一応物売の子供達(何故か子供が多い)から少しの品物を買いました。
というか、お腹が空いてしまいどうにもならなかったからです。

一人、おとなしめの女の子が、持っていた竹の葉に包まれた餅のようなお菓子が気になり購入しました。
ところが、その女の子は、引っ込み思案すぎて逆に売ってくれないのです。
おそらく、あまり見たことの無い他国の人間に物怖じしたのかもしれません。
近くにいた男の子がフォロー?に入ってくれて、何とか購入することができました。
当然ボッタクリなどはなく、かなり安い値段で売ってくれました。

味は、餅を甘くして、何かの葉っぱで包んだだけのもので、格別おいしくはなかったのですが、人慣れしていない、擦れていない、ミャンマーの子供の純粋な心に、少しだけ触れられたような気分になり、何だかあんまり味わったことのない気分でした。
これがミャンマー人というものなのかも・・・
と漠然と感じたのを覚えています。

これは汽車だから味わえた感覚なのかもしれないなあと考え、もしバスでマンダレーに行っていたとしたら、また違った展開になっていたことでしょう。
旅の面白さって、こんなところにもあるんですね。


恐るべし、ミャンマーの列車ですね。
なんと12時間の遅れを出して、走っていたというのが、マンダレーに着いてわかりました。

名も無き駅を発車してからは、多少の停車時間はあったものの、ごく普通に走っていました。
しかし少しでも停車時間が長く感じると、嫌な予感がしていました。
「また何時間も停まるのでは・・・」といった懸念です。

列車の走行自体は、相変わらず大きなたて揺れを伴うもので、おちおち寝ていられないのですが、それでも昨晩の疲れからか、ウトウトしていました。

いつも旅行中は、地図を片手に自分が今どこにいるのか?を確認しながら進んでいくというのが、私の習性なんですが、この汽車旅に限ってはその作業は全くできませんでした。
いったいここはどこ?といった具合です。
ミャンマー領内のまあこの辺だろうなあ・・・くらいにしか把握できないのでした。

またしても日が暮れて、周囲は真っ暗になっても、まだ列車は走り続けています。
もうどうにでもなれ・・・と諦めかけたころ、ようやくマンダレーに到着。

何故マンダレーとわかったかというと、周囲のミャンマー人がみんな降りたこと、怪しげな駅名表示があったこと、などです。
念のため、そこら辺のミャンマー人に聞いてみると、どうやらここはマンダレーらしいです。

「ああ、やっと着いた・・・・・」
実に25時間の長旅が、ここに終わったのでした。
13時間遅れ・・・でも誰も文句言わない・・・すばらしいですね・・・

13時間も遅れて、ようやくヤンゴンから辿り着いたマンダレーです。
しかし日はとっくに落ちていて、周囲は真っ暗です。

マンダレー駅は、流石に大きい駅なので、無人で誰もいないということはありませんが、薄暗い中をいろいろな人が歩いていました。
皆何をしているかはわかりません・・・。

鉄道の駅は北を向いているのはわかったのですが、とにかく西側に出る出口がわからず、あっちうろうろ、こっちうろうろしているうちに、ようやく西側に抜ける橋を発見。
その小さな橋を渡り、駅の西側になんとか脱出しました。

しかし、西側はマーケットがあるらしく混沌とした状況と、列車に25時間揺られた疲れから、まともな判断ができなくなっていて、ただ方向感覚だけで歩くのみ。
ここで、妙なミャンマー人に捕まってしまいました。
流暢な英語でどこのホテルに泊まるか聞いてくるではないですか。
怪しいと思ったのですが、ホテル名を告げると案内してくれるとのことでした。
断るも、ついて来る怪しいおやじさん・・・・
仕方なく、適当に相手をしながら、方向感覚で歩くのみ。

そうこうするうち、何とか希望のボナンザホテルに到着。
駅を脱出してから、10分くらいの距離だったのだろうか・・・
(つづく)
25時間の汽車旅からやっと、真に開放されて、ホテルのベッドで寝ることができる。
これは嬉しいことです。

結局駅から着いてきた、怪しいおじさんは、このホテルの従業員とよく顔見知りなのか、全く怪しい人ではありませんでした。
駅からここ、ボンナンザホテルまでの道案内料金を請求されるのでは・・という懸念はまったく無用のことでした。
これは私達が、警戒しすぎてるんですね。
ベトナムでの警戒心??

この夜は、ホテルに来る途中にあった、ミャンマーレストランで乾杯。
一緒にヤンゴンから厳しい旅路を味わったF氏と共に、心からお疲れさんということで、腹ペコのお腹に大量の食料と、お酒を流し込んだのでした。

そしてこの夜は死んだように眠りました。

それにしても、厳しい旅路でした。
未だに列車の遅れはなんだったのか?という原因はわかりません。
まあ、日本とかが異常なぐらいダイヤにこだわるので、我々もそんな習慣になっていますが、まあこのくらい適当というのも悪くないのかもな・・とも考えました。
ミャンマーはいろんなことを教えてくれますね。

これだから旅はやめられないのです・・