私の旅行記というか旅行雑感を書いています。Tripuncleのお店に来る人にも役に立てば嬉しいです。
ただのタイが好き、そして旅が好きなTripuncle代表の旅行ブログです。

時系列の問題があるため、左のバーにあるカテゴリーから読みたい記事をクリック願います。 途中からだと何の記事かわからないといったことが起きますので、カテゴリーから入ったほうが読みやすいです。


2015年12月にネットショップ「Tripuncleアジアの暮らし雑貨」をオープン。関連記事も書いていきます。 Tripuncle アジアの暮らし雑貨にて、少しでも旅に行った気分になっていただけたら、という想いを込めて。。

トリップアンクル縮小版


1995年2月25日

インド南部のトリバンドラムへ向かう国内線チケットを手に入れたので、
早速向かうことに。

朝8時ごろのフライトであったので、空港バスは使えず。
仕方なくタクシーをホテルで手配してもらって出発となったのでした。
まだ薄暗い早朝のことでした。

ボンベイの空港は、市内からかなり離れているので、タクシーでも1時間くらいはかかるのでした。
しかも、空港の近くにはダーラヴィという、アジア最大のスラムと言われている区域があり、そこを通過しないと、空港までは辿り着けないのです。
そんなスラム街を通って大丈夫なのか?という不安はあったものの、まあ何とかなるのでは・・・?
という根拠のない期待を持ってタクシーに乗り込んだのでした。

乗り込んだタクシーは、デリーとは違ってちゃんとしたタクシーでした。
白タクだったらどうしようもないんですが・・・
このドライバーを信じて、空港までお願いする以外に道はもはやないのでした。
タクシーは、まだ薄暗いボンベイの街の中を、すり抜けて行きます。
さすがに、まだまだ人影もまばらな状態です。

ボンベイの市街地を抜けて、だんだん空港に近づいてきました。
そんなタクシーは、私の気持ちなど知らないとばかりに、スラム街のようなところに入り込んでいきました。
道幅も若干狭くなってきたような気が・・・。
一気に緊張感と不安が走ります。今は自分一人しかいませんから、孤立無援状態です。

嫌な予感は的中したのか、そのタクシーは怪しげな1軒のガソリンスタンドに入りました。
心臓はバクバク・・・ああ何かありそうだな・・・
しかし、なんてことはないのです。
単にラジエータの水が無くなっただけのこと。現地の言葉で何か話していましたが、(これまた不気味に聞こえる)
ラジエターに水を補給だけして、すぐに出発しました。
ほっと胸を撫で下ろしたことは言うまでもありません。

それにしても、すごいスラム街です。
本当にここがスラムなのかわかりませんが、
何か殺伐とした緊張感の漂う町並みで、町行く人々も何だか怖そうに見えます。
ありがちなゴミとかも散らかっています。
ボンベイの中心部とは明らかに何かの雰囲気が異なるということは、海外旅行初めての私でも感じられました。

そんなスラム街を抜けると、いよいよ空港に到着です。
1995年2月25日

スラム街を抜けて、やっとムンバイの国内線空港に到着です。
空港名は、サンタクルズ空港。国内線のターミナルがあります。
国際線は、サハール空港と言います。

サンタクルズ空港は、国内線のターミナルが2つありました。
チケットを買うときに確認したところ、国内線ターミナルは1Aと1Bに分かれていて、1Aからの出発と言われていたが、タクシーは、1Bに停車してしまいました。

いくら説明して、1Aまで行って欲しいと言っても
運転手は「ここがドメスティックターミナルである」と言って譲りません。
仕方なく、ここまで無事に連れてきてもらえたことに感謝して、お金を払いタクシーを降りました。
タクシー運転手は、何故1Aまで行きたくないのかは不明のままでした。戻るのが面倒なのでしょうか・・。

とはいっても、ターミナル1Bから1Aは見えています。
1Bは古いターミナルでしたが、1Aは近代的な建物に見えます。
距離にして500mくらいだったでしょうか。
すっかり朝の太陽は昇り、暑い光線が照り付けてきました。

歩いて辿り着いたターミナル1A。
とても綺麗な近代化されたターミナルです。
ここでチェックインを行いました。

国内線ですが、パスポートのチェックもありました。
インドの国内線は平気でオーバーブックしたりすると聞いていたので、早めのチェックインをしたのですが、
別になんてことなかったですね。
特にオーバーブックしている様子もなかったですし・・・

空港内でゆっくりとして、コーヒーでも飲みながら、出発時刻を待ったのでした。
インドの空港は予想外に快適かもしれないと、思いつつ。



1995年2月25日

いよいよインドの国内線で、南インドへ向かいます。
インディアンエアラインズの飛行機は、ほぼ定刻にゲートを離れて、滑走路へ向かいます。

インドのスラムが、空港の鉄条網の向こう側に見えます。
鉄条網の向こう側は、ほんとうにスラム街のようで、
よくよく見ると、バラックのような小屋に住み、貧しそうです。
子供が2名、フェンスの向こうからこちらを見ているのが見えました。
彼らはいったいどんな気持ちで、この飛行機の群れ、ここから出発する様々な飛行機を見つめているのでしょうか。
現在もこの状況は続いているのでしょうか・・・?
何とも言えない複雑な気持ちになったことを、覚えています。
あの子たちはその後どうなったのだろうか・・・・?
しかし、こんな空港のすぐ近くまで、バラック小屋のスラムがせまってきているなんてね。

やがて、インディアンエアラインの機体は、滑走路の端までやって来て、
離陸のための滑走を開始しました。
南インドへ向けての旅立ちです。

機体は何だったかよく覚えていないのですが、
おそらくは、ボーイング737だったと思います。形式まではちょっと記憶にないですね。

これを書いている現在の段階では、
フライトスケジュールは大幅に変更されているように思います。
調べてみたところ、この朝の9時前後のムンバイ発トリヴァンドラム行きのフライトは、無いように思います。
ただ、スケジュールは流動的ですので、現地で確認してみるのが一番正しい選択方法ですね。

インディアンエアラインズは、エアインディアに吸収されてしまったみたいですね。
エアインディアのホームぺージから入ると、
インディアンエアラインズ(IC)のフライトを検索できるリンクがあります。
まだ便名の2レターコードはICのままみたいですね。(エアインディアはAIです)

予約の際は、現地に到着する時間も考慮しましょう。
真夜中に着かれたのでは、厳しい状況にならないとも言えませんからね。

Jet Airwaysという比較的新しい航空会社も、インド国内にかなりの路線を飛ばしていますので、
場所、利用時間によってはこちらのJet Airwaysを利用する手もあります。

話がそれましたが、次はトリヴァンドラム到着から書いていきますね。


1995年2月25日

ボンベイを飛び立ったインディアンエアラインズの飛行機は、
順調に南下を続け、とても快適な飛行です。
国内線にもかかわらず、簡単な軽食も提供されました。
ボンベイからの所要時間は2時間くらいでしょうか。

やがて飛行機は高度を下ろしていきます。
眼下に青い海が見えました。生まれて初めてみるインド洋です。
そうゆう光景に感動していると、今度は眼下に滑走路が見えました。
あそこがトリヴァンドラムの空港かな?
と思っていると、空港の上空を一旦通過して、インド洋に出て旋回し、無事に着陸となりました。

空港にはボーディングゲートはないので、飛行機を降りてからターミナルまで歩いていきました。
国内線なので、入国審査も何もないので、そのまま到着ロビーの方へ向かいます。
市内まではタクシーにしようかと思っていましたが、
他のお客はみんな地元の人ばかりなのか、客引きがそんなに居ないのですね。

空港の建物から表に出てみると、リキシャの運転手が寄ってきたので、
交渉して駅まで行ってもらうことにしました。
宿も決めていたのですが、ホテルの名前を言うと面倒になりそうな気がしたので、
とりあえず、鉄道駅、トリヴァンドラム駅までということにしたのです。

何ルピーで交渉したのか忘れましたが、全然ボラれた雰囲気は感じませんでした。
空港を出ると、インドの田舎のような光景のところを走ったかと思うと、
すぐに市内に入り込みました。やはりすごい数の人が歩いています。
南部の町に来ても、この人の多さにはとてもびっくりしたのを覚えています。
もっと田舎で、もっと人が少ないと考えていたものですから・・・・
インドってやはり人口がとても多いのだなあと改めて感じさせられた瞬間でしたね。

空港からのリキシャは、デリーのような連れ回しのトラブルはなく、あっさりと駅前まで運ばれたので、少々拍子抜けしました。
そしてお金を払うと、さっさとどこかへ行ってしまったのでした。
呆然と立ち尽くす私。
デリーやボンベイのような危険?はこの街には少ないのかも?と
少々ほっとしながら、宿探しをするために、街歩きを始めました。
とにかく今日はどうするか・・・・

1995年2月25日

トリヴァンドラムの街歩きです。
宿は、適当に駅から程近いところに取りました。
予定では、明日コバラムビーチへ移動の予定でしたので・・・
今から考えると、その日のうちにコバラムまで移動してもよかったんだなあとか、思います。
トリヴァンドラム市内も、そんなに見所が多い訳ではないので。

まず腹ごしらえです。
駅の近くにある不思議な貝殻の形をした、レストランに入りました。
中の構造もまた不思議で、螺旋階段上になっていて、その坂の途中にテーブルがあるというもの。
日本ではあまりお目にかからない構造のレストランですね。

南インドは料理が辛いという噂でしたが、それは本当でした。
このレストランで、オムレツとか頼んでみたのですが、
これが相当に辛い、中に入っている肉がとても辛い・・・・・火を噴きましたよ。
何故こんなに辛いのだろう?これは嫌がらせ??とか思ったのですが、
標準なんですねえ。参った参った(汗)
この螺旋状のレストランはまだ健在なんでしょうかね。

街を歩いてみると、人は多いのですが、何かゆったり感が見られます。
大都市とは違うゆったり感。
それでいて、リキシャなどの車両はけたたましくクラクションを鳴らしているのですから・・・
何とも不思議な光景に見えますね。
ヤシの木が多く植えられた街の光景もまた、南国という雰囲気を演出しており、
それが人間の心に安らぎを与え、のんびりした気分にもなるのでしょうか。

デリー、ムンバイと大きな都市ばかり見てきた後ですので、こうした中都市とでもいう街には、
のんびり感というものが漂っている風に感じますね。
トリヴァンドラムの街は、とにかく人がうるさくないので、こちらとしても、ゆっくりと街を散策することができました。

見所としては、パドマナーバスワーミ寺院くらいでしょうか。
駅からも歩いてすぐに行けるので、行ってみましたが、怪しいインド人に中へ案内されそうになったので、
入口だけ見て帰ってきてしまいましたが・・・
ガイドブックを見ると、ヒンドゥー教徒以外は入れないことになっているようですね。
いったいどうゆうことだったのでしょうか?
今では思い出すこともできませんが・・・

今ではこのトリヴァンドラムの街の名前は、ティルヴァナンタプラムという名称に移行しつつあるみたいです。
TrivandrumからThiruvananthapuramへ移行中だそうです。
お気をつけて・・・・

1995年2月26日

トリヴァドラムでの1泊の滞在を終えて、
いよいよインドでの目的地のコヴァーラムビーチへ向かいます。
このビーチに行くのが、今回のインド旅行の主目的でもあったわけです。
どんな主目的なんでしょうね。

ホテルを出て、
駅の近くのバス乗り場から、路線バスで向かいます。
ガイドブックによれば、9番のバス乗り場からコヴァーラムビーチへ行くバスに乗るとあります。
南部の、このような町でも人々はたくさんいますので、混沌の中を歩き、
ようやく9番のバス乗り場らしいところに辿り着きました。

そこにもたくさんの人がいました。
ここに居る多くのインド人は果たしてバスを待っているのだろうか?と疑問に思いながらその場に居ると、
インド人の一人が話しかけてきました。
たいてい、こんな時はインド人の誰かが話しかけてくるものです。
「ハロー、ジャパニ!」怪しいかも・・・

自分はコヴァラムビーチへ行くと言うと、ここで待つように言われました。
怪しい気もしたのですが、
そんな私の気を察してか「No Problem」(ノープロブレム!)と言いました。
インドでは、毎日必ず30回くらいは「ノープロブレム!」を聞きますからね。もう慣れっこです。
何かにつけて「ノープロブレム」
インド人はきっとこの言葉が好きに違いないですね。
問題があっても「ノープロブレム!」
「おいおい、本当?」と何回も突っ込みますが、それでも「ノープロブレム」これだけです。

やがて、オンボロのバスがやって来て停まりました。
かろうじてKovalamと書かれていたのを確認できたので、乗り込むことにしました。
先ほどのインド人や、周りの人々も口々に「コヴァラムはこれに乗れ」と言うではありませんか。
決まって最後は「ノープロブレム」なんですがね・・・・なんで?

乗り込むと、ボロバスはエンジンを唸らせながら出発です。
当然エアコンなんか付いていない、窓全開のバス。旅情を掻き立てます。
ヤシの木の多い、いかにも南国だなあと思わせる、トリヴァンドラムの街を離れ、コヴァラムビーチがまた一歩近くになってきました。

この後、また車中で、怪しいインド人に出会うことになるのですが・・・・


1995年2月26日

トリヴァンドラムから乗ったオンボロのコヴァーラム行きのバスは、市内を離れてビーチへ向かいます。
景色は南国風により変わっていき、田舎の光景になっていきました。
これぞ、インドの南国の風景。
今日の宿は、目星を付けておいたところがあり、場所は行ってみないとわからないので、
とりあえず終点まで行くことにしていましたが、
なにやら隣に座ったオヤジさんがしきりに話しかけてきました。

よく話を聞いていると、客引きのようでしたが、
さらによく話を聞いてみると、どうも私が泊まろうとしている宿のオーナーのようです。
今になって考えてみると、こんな話はよくあることで、
そこの宿の人でもないのに、連れて行って、紹介料だけもらおうという輩が多いのです。
ところが、まだ私は駆け出しの旅人。そんなことは露知らず、結局相手のペースに呑まれてしまいました。

バスがもう少しで終点というところで、
ここのバス停が私の宿に近いから、ここで降りようということになりました。
何とも怪しい雰囲気満載ですが、従うことに・・・

バス停なんかないのですが、とにかくバスを降りると、どうやら海は近そうです。
幅の狭い坂道をインド人のオヤジさんについて下っていくと、人が生活している匂いがしました。
お店もそこそこ並んでいて、怪しい雰囲気まったくなしでした。
少し自分の心が安心しかかった頃、目的の宿に到着。
案内してくれたのは、本当にそのゲストハウスのオーナーでした。
このゲストハウスの名前は失念しました。すみません・・・

こんな偶然もあるのですが、旅行中に出会う数々の人をどこまで信じるのか・・・?
そんなことを考え始めたのもこの頃ですね。今の自分の生活に役に立っているかどうかは別として、
とにかく当時はほっとしたのを覚えています。
旅で出会う人々って本当に面白くもあり、リスキーであったりもするんですね。
信じるか信じないか・・・自分の直感しかないのかなあ・・なんて無責任にも思ったりします。

こうして無事にコヴァーラムビーチに着きました。
いよいよ海に行ってみることにします。
今回のインド旅行の目的でもあった、夢にまで見たコヴァーラムビーチについに繰り出すに至ったのでした。
次回はコヴァーラムビーチの様子です。

1995年2月27日

コヴァーラムビーチにて滞在です。
天気も晴れていて、海水浴にはもってこいでした。

こんな時、貴重品はどうしたらいいのでしょう??
とりあえず私は持って海まで行きました。
まあ泳げなくても仕方がないと思いながら、ビーチに行ってみました。
敷物も何もなかったので、バスタオルだけです。
とりあえず、大き目のビニール袋はあったので、それに入れて出動です。

海はそれほどの透明度でもないので、少々がっかりもしたのですが、
のんびりするにはよい所です。
他の外人のツーリストも、思い思いの場所で寛いでいます。

私もバスタオルを敷いてその上に座っていると、
日本人が一人やって来て、声を掛けてくれました。
やがて、次から次へと日本人がやって来ては、総勢5人くらいになりました。
みんなインドを旅してきて、ここに至りついた人たちでした。

一人旅の人が多かったので、
やがて誰かが貴重品を見張るということになったので、海に入ることができました。
初めて入るインド洋、アラビア海・・・
波にもまれながら、今までの何日間かを思い出しました。
成田を経つ時は不安でドキドキしていたのに、今はこんなに寛いだ気分になって・・・
人間とは慣れるものだし、海外の旅はこんなにも面白いなんて・・・
と海に浸かりながら思ったのを覚えています。

ビーチでは、インド人のオバちゃん物売りたちが攻勢をかけてきます。
まず、私が敷物が無いと見るとゴザを売りにきました。
ゴザは結構安かったので、値切り交渉の上購入しました。
それを見ていた、他のオバちゃんも負けじとパイナップルの売り込みです。
これはずっと断っていたのですが、他にあんまりお客もいないらしく、何回も私たちのところに回ってきます。
4回目、5回目となり、ついにオバちゃんは実力行使にでました。
頼んでもいないのに、いきなりパイナップルを目の前でむき出したのです。
止めようとオバちゃんの手をつかんだのですが、時すでに遅し・・・
包丁はパイナップルに見事突き刺さっていたのでした。

得意げにパイナップルを剥いて、我々にいかにも無料だよといった具合で差し出すインド人のオバちゃん。
仕方なく受け取る我々・・・
で、仕方なく食べてしまう我々・・・確かに甘く美味しいパイナップルではあるのです。
食べ始めたのを見て、オバちゃんはニッコリ笑い、お金を請求してくるのでした。
それでもひどいぼったくりとかはしませんよ。
安い適正価格で値段を言ってくるのが、また我々を黙らせるのでした。
世界3大商人の一つである、インドの商人・・・恐るべしです。

しつこくもなく、物を売る方法。
それをインド人は知っているのかもしれませんね。
コヴァーラムビーチでは何人かの日本人に会いました。
皆、思い思いにインドを楽しむ人たちでした。

こうして旅では、いろいろな人に出会います。
このコヴァーラムビーチでも、いろいろな方々があらゆる方面から来ていました。
海外旅行初めての私なんかは、何にも経験なんかがないものですから、
ただただ、いろいろな話を聞いて、関心しては、もっといろいろな土地をこの目で見てみたいと思うようになっていったのでした。

コヴァーラムビーチは、今現在はどんな状況になっているのかは知らないのですが、
当時は浜辺のレストランで食事をしたのを覚えています。
その時の印象はこうです。

浜辺のレストランといっても、屋台に近いが・・・に、日本人の何人かで夕食に。
テーブルを囲みみんなそれぞれが、好きな食事を注文していきます。
といっても、ここはインドの南の方なので、頼めるものといってもそれ程種類はありません。
カレーや、チキンなどを頼んでみましたが、待てど暮らせど出てきません。
注文してから料理が出るまで1時間と少し掛かりました。
私などは心配になったのですが、他の人たちは何食わぬ顔をしています。
インドではこのくらいの待ち時間は当たり前だし、
おそらくチキンの肉がなくなったので、トリヴァンドラムの町まで買いに行ったのだろう。
などと冗談めかして待っているのでした。

このことは今後私が海外旅行をするにあたって、
とても影響を及ぼす出来事になりました。
どこの国に行っても、待たされ慣れてしまい、めったに遅いということでクレームを付けることもありません。
まあ私が極端すぎるのかもしれませんが、とにかく慌てるなということですね。

このレストランでも、インド人は遅いということを理由には誰も謝りません。
時間はかかっても言われたものを提供したのだから、問題はないというスタンスです。
とても面白いなあと感じましたね。
今まで自分は日本しか知らなかったので、こういったことが通用する国があること自体がカルチャーショックでした。
こうして、インドからいろいろなことを、少しずつ教えてもらったのです。


コヴァーラムビーチはとても落ち着くビーチでありました。
当時はですよ。
1995年のあの頃から比べたら、今はかなり変わっているんでしょうね。
また行きたいなあとか思いつつこれを書いています。

特に今でも忘れられないのが、サングラス売りのおっさんでしょう。
サングラス売りのおっさん?
と思うかもしれませんが、このお方がいつも我々日本人がビーチでたむろしていると、
やって来てはサングラスを売りつけようとするのです。
何故覚えているかというと、「サングラ~ス!」と喉の奥から枯れそうな、高く細い声で、
何度も何度も叫びながらやって来るのです。それもニコニコ笑いながら・・・

冗談でやっていると初めは思ったのですが、実はそうでもなかったのですね。
彼としてはとても真剣にサングラスを売りに来ていたのでした。
それも1日に何回も・・・
他にお客さんはいても、ビーチを一回りしてまた我々の所へ戻ってくるんですね。
特にサングラスは必要なかったので、我々は買わなかったのですが、
今考えると、一つくらいは買ってあげてもよかったのかなあなんて思います。
こうしたこともインド商人の同情作戦?と言えなくもないのですが・・・
当時は、最初面白いと思ったのですが、
毎回毎回、同じことを叫びながらやって来るので、少々しつこいということになったのでしょう。
結局仲間の誰一人買わなかったのですが、
今でも思い出しますよ、そのおっさんのことは・・・

さて、コヴァーラムビーチでも、友達になった日本人は日ごとに減ったり増えたりです。
みんなそれぞれ、自分の次の目的地へ去っていきます。
また日本かインドのどこかで会えることを楽しみにしながら。
旅なんてこんなものなんだなあ、と当時は漠然と思いました。

自分も移動しなければならない日がせまってきました。
次の目的地はコーチン。
コーチンからまた飛行機でボンベイへ戻ります。

インドのリゾート地コヴァーラムビーチでの、のんびりとした時間もそろそろ終わりを告げようとしていたのでした。
気に入った場所から離れるのはつらい・・・
そんな気持ちにも初めてなったものです。

1995年3月1日

あっという間に、このとても居心地のよいコヴァーラムビーチを離れる時がきてしまいました。
こんなによい場所を離れるのは本当につらかったですね。
たった3日間くらいしか滞在していないのに、もっと長く居たような気がしてなりませんでした。

ここで出会った日本人の方々・・・
結局帰国後にみんなで集まることになるのですが、
みんなで私がバスで出発するのを見送ってくれました。。涙・・・

朝の9時くらいだったでしょうか。
またインド一人旅の開始です。
オンボロの路線バスは、またエンジンを唸らせながら、コヴァーラムビーチからあっという間に私を引き離し、
トリヴァンドラムの喧騒の中へ放り込んだのでした。

トリヴァンドラムは相変わらずの喧騒。
かんかんに照りつける太陽、そして行き交う人々の多さ・・・
けたたましくクラクションを鳴らす、リキシャや他の車両・・・
そんな中を負けじと、荷物を背負って駅まで歩いていきます。

今日はこれから、列車に乗ってコーチンまで移動するのです。
そして明日(3月2日)にコーチンからムンバイへ飛行機で戻る予定です。
こんなことなら、もう少しコヴァーラムに居ればよかった・・・
なんて思ったものです。
インド旅行で得た教訓の一つですね。
気に入った場所があったら限界まで滞在する。そのためには、帰国日以外の日程は決めてはならない・・・
これ以降の旅では、なるべく先の飛行機などは予約しないようにしています。
しかし、こうもいかないことも多々あるんですよね。
これがまた旅の面白いところのひとつでもあるんですが・・

3月だというのに、夏の陽気の南インド。
さてコーチンへ向かう列車のチケットを入手して、
インドからボンベイ以来の汽車旅です。
コーチンまでは約4時間くらい。
インド南部のバックウォーターのクルーズで有名な、クイロン、アレッピーの辺りを通って、
コーチンへ向かいます。
どんな車窓か見られるのか・・・・
天気もよいし、快適な汽車旅になりそうです。

ルート的にもそんなに混雑はないと聞いていたので、今回は2等の車両を利用します。
普通の木製の椅子で、お尻が痛くなりそうなあれです。

つづきは次回。